10月17日 たね蒔きジャーナル『シリーズ 反骨の人』第1回小出裕章(MBS)

2011年10月18日

2011年10月17日(月)、MBS(毎日放送)ラジオの「たね蒔きジャーナル」に、小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が出演されました。

番組内容

2011年10月17日【月】
「反骨の人シリーズ」お一人目はもちろんあの反骨の原子力学者・・・
今週はスペシャルウィーク。たね蒔きジャーナルは「反骨の人シリーズ」と題してお送りします。組織にありながら組織の論理におもねることなく信念を貫いた学者や官僚。難病に笑顔とユーモアを忘れず立ち向かった女性・・・この不安な時代にこそ聞きたい「筋を通す生き方」集です。初日のきょうはたね蒔きでお馴染みの京大・原子炉実験所の小出裕章先生です。いかにして「反骨の原子力学者」はできあがったのか!?ご本人は「そんなの話すのイヤですよ(笑)」ということでしたが・・・・
SPウィークならではのプレゼントも!

録音
http://youtu.be/bwbSWJTuTSA

http://youtu.be/S3wYq51Zi4M

内容文字おこし
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65770107.html


8月18日 会津若松18万ベクレル、東京でも今回レベルはある 小出裕章(ゲンダイネット)

2011年8月21日

2011年8月18日、ゲンダイネットが小出裕章氏のコメントを掲載いたしました。記事タイトルは「原発から100キロ 会津若松から18万ベクレル」です。

以下、転載
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「(会津で高濃度セシウムが検出されたことは)当然だと思います。側溝など汚染が濃縮される場所はどこでも調べるべきです。東京でも今回レベルはあると思います。本来なら日本全国を調べる必要があります」

 汚染もここまで拡大してくると、もはや除染もままならない。小出氏が続ける。

「掃除をしたところで、今はどうしようもない状況です。子どもが触れるところであれば、掃除するべきですが、そうでなければそのままにしておくのもひとつの手です」

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引用元:http://gendai.net/articles/view/syakai/132165


2007年 原発は巨大な「海温め装置」エネルギーの3分の2は海に棄てられ、海を温めている 小出裕章(えこ&ぴーすActio)

2011年8月1日

2007年11月19日付けの「えこ&ぴーすActio」(1252号)に小出裕章氏の講演会の内容が掲載されていました。コメント欄にて、ますだようこさまより教えていただきました。

転載
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これ以上のエネルギー消費拡大は犯罪 原発がすべて止まっても決して停電は起きない 小出裕章さん講演
11月 19th, 2007

原発で温暖化は止められない

※小出裕章氏写真

 8月12日、東京・高尾山エコラボキャンプで京都大学原子炉実験所の小出裕章さんが原発・エネルギー問題について講演。森の中で多くの人が耳を傾けた。

 私は1968年に大学に入学しました。エネルギー開発に人生を賭けようと思い、原子力の世界に踏み込んだのです。あれから間もなく40年が経とうとしています。

 昨日からこの会場にお邪魔して、山を歩き素晴らしい音楽を聴き、美味しい酒をいっぱい飲ませていただきました。みなさん様々な活動に取り組まれていて、とても心が休まりました。豊かな自然に囲まれたこんなに天国のような場所で、なんでわざわざ原子力の話をしなければいけないのかと思うと申し訳ない気持ちが半分です。

 しかし昨夜上映された『六ヶ所村ラプソディー』でも描かれていましたが、今や原子力は皆さんの日常生活そのものを破壊しようとしています。事態はそこまで深刻化しているのです。

<人間は自然の一部でしかない>

 昨夜私は、草の上に寝転がって星空を見ました。そして宇宙について考えました。この世界で一番スピードの速い光でも、宇宙の果てに行くには100億年以上かかります。それほど広大無辺な宇宙は、人間の知能を超えて広がっています。この宇宙の中に私たちが暮らしている地球があります。

 地球はどうやら46億年前に誕生したようで、当初は火の玉でした。その地球に海と大気ができ生物が生まれたのは40億年ぐらい前。広大無辺な宇宙の中でも、地球は生命が根付ける大変希有な星です。

 その後様々な生物が生まれては絶滅し、長い歴史をたどって今日に至っています。人類が誕生したのは400万年前。地球の長い歴史のなかでは、私たち人類は極々新参な生き物です。

 昨日私がバスに揺られてきた高尾駅からこのキャンプ場までは、おそらく5キロ弱だと思います。地球の46億年の歴史をこの距離に当てはめると、人類が生まれた400万年前はどの辺りだと思いますか? 私の座っている位置が現在だとすると、人類が生まれたのはわずか4メートル先です。

 人類も当初は、自然と一体になって生きていたのですが、狩りを覚え農耕を学び段々に文明を発展させました。人類がエネルギーを大量に使う転換点となったのは産業革命です。それはわずか200年前。私の唇の先ほんの0・2ミリです。

 ジェームズワットの発明により、蒸気の力で機械が動くようになりました。奴隷や家畜を使って行われていた様々な仕事は、産業革命後は機械に代わりました。以降人類は、エネルギーを使えば使うほど豊かになると考えてきたのです。

 地球上に人類が誕生してから今日までに消費したエネルギーのうち、約6割は産業革命後の200年の間に使われました。僅かな期間にこれほど膨大なエネルギーを使って私たちは今の生活をつくり上げたのです。しかしそのために、他の生物は次々と絶滅に追い込まれています。

 高尾山には1300種類以上の植物が生えていて、昆虫等は5000種類以上いるそうです。地球には6000万種類以上の生物が存在すると考えられていますが、環境破壊により毎年50万種類ぐらいは絶滅しています。私たちは他の生物の莫大な犠牲の上に生きているのです。
 
<日本は先進国ではなく後退国>

 私は、日本や米国を先進国と呼びません。ずいぶん前から私は、後退国と呼んでいます。地球環境を破壊し他の多くの生物を絶滅に追いやるような国は、後退しているとしか思えないからです。

 しかし多くの後退国では、今以上にもっとエネルギーを使いたいようです。日本もまた莫大なエネルギーを浪費する東京のような異常な街をつくりましたが、まだ足らないと主張する人がいます。この高尾の森にもトンネルを掘り、高速道路を延長する計画がありますね。

 私はもともと東京生まれの東京育ちです。上野と浅草の真ん中あたりに地下鉄の稲荷町駅がありますが、その近くで生まれ育ちました。私が生まれた頃は、江戸の下町情緒が溢れ道路は子どもの遊び場でした。それが劇的に変わったのは、東京オリンピックからです。

 車が増え、子どもの遊び場はなくなりました。私は失望して東京を離れましたが、それ以降も多くの人々は、エネルギーをたくさん消費する生活が幸せだと思い込んできたのです。

 実はかって私自身、人間が豊かに生きるためにはエネルギーが必要だと考えました。だから私は、原子力の世界に足を踏み入れました。しかしそこで目の当たりにした現実は、私の期待を粉々にうち砕いたのです。

 私が原子力の世界に入った時、日本の原発は1基だけでした。茨城県東海村に東海1号炉があっただけです。今日では55基の原発がこの狭い日本で稼動しています。しかし最も電気を消費する東京にも、今、私が住んでいる大阪にも原発は1基もありません。

 東電の原発は、東北電力の管内である福島県に福島第1、第2原発があります。先日の地震で大きなダメージを受けた新潟県柏崎刈羽原発も同様に東北電力管内です。関西電力は、福井県の若狭湾に原発を11基も林立させて長い送電線で関西圏に電気を送っています。原発で万一重大事故が起きれば大変なことになるから、東京や大阪の大都市には原発を建設しないのです。

 その万一の事故は、既に起きています。1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原発で重大事故が起き、広島原爆約800発分の「死の灰」が環境中に放出され、広大な地域が汚染しました。数十万人の人たちが避難を強いられ流浪化しました。

 本当はもっとたくさんの人々を避難させなければいけなかったのですが、ソ連邦は崩壊してしまいました。その結果、未だに14万5千平方キロメートル(日本の本州の約6割に相当)もの汚染地域に500万人を超える人たちが生活しています。

<再処理工場は日本全土を汚染する>

 原発はウランを燃やして「死の灰」を作ります。100万キロワットの原発は1年間稼動すると1トンのウランを燃やします。広島で何十万もの人々を熱線で焼き殺し被爆させた原爆は、約1キログラムのウランが燃えたものです。それでさえ通常の爆弾に換算したら、約2万トン分に相当します。

 私の生まれた頃、東京の下町にはあちこちらに焼け跡が残っていました。1945年3月10日の東京大空襲のつめ跡です。344機の巨大爆撃機B29は東京に1600トンの爆弾を落とし、市街地の40%を焼き尽くして10万人を焼き殺しました。広島、長崎に落とされた1キログラムのウランやプルトニウムは、東京大空襲をはるかに超える破壊力を持っていたのです。

 みなさんは原子炉と言えば原発を思い浮かべるでしょうが、原子炉は長崎に落とされた原爆の材料であるプルトニウムを生み出すために考えられた装置です。そして生み出されたプルトニウムを原子炉から取り出すための技術が再処理です。

 米国はマンハッタン計画により、世界で最初にこの技術を開発しました。合計10万人を超える科学者、技術者、労働者を秘密都市に閉じ込め、当時の日本の全国家歳出に相当する約20億ドルを投じて原爆を製造したのです。

 現在世界で公式に核兵器を保有しているのは、国連常任理事国の米国、フランス、イギリス、ロシア、中国の5カ国です。これ以外に、実際にはインドやパキスタン、イスラエルは既に核を保有しています。

 しかしインドは原子炉と再処理の技術を、パキスタンは濃縮の技術を持っているだけです。日本は核兵器を持っていないにも関わらず、原子炉、濃縮、再処理の中心的な3つの技術をすべて持っています。私は、日本が国策として再処理政策を掲げ続ける最大の理由は、核兵器開発にあると思います。

 青森県六ヶ所村の再処理工場は、既に稼動しています。昨年3月31日から実際の使用済燃料を使ってアクティブ試験を始めました。なぜ3月31日かと言えば、会計年度の関係で地元に交付金が落とせるからです。日本原燃はこの11月以降本格運転を開始すると公表していますが、なんとしても止めなければいけません。

 再処理工場は、万一事故が起きなくても膨大な放射能を環境に放出します。日本はこれまで原発で燃やした使用済燃料の再処理をイギリスとフランスに依頼していました。そのイギリスやフランスでは、再処理工場周辺で深刻な放射能被害が出ています。

 イギリスのウィンズケール再処理工場はグレートブリテン島の西海岸にあり、アイリッシュ海をはさんだ対岸にはアイルランド島があります。このウィンズケール再処理工場は今日までに、広島型原爆400発分の「死の灰」をアイリッシュ海に流しました。チェルノブイリ原発事故で放出された「死の灰」の半分に相当する量が、通常の運転によって放出されたのです。

 六ヶ所村再処理工場が本格稼動すれば、これと同様の深刻な放射能汚染は日本全国に広がるでしょう。決して稼動させてはならないと思います。

<原発は巨大な「海温め装置」>

 7月に柏崎刈羽原発が地震で深刻なダメージを受け、原発の安全性は根本的に問い直されています。国や電力会社は日本の電力の30%を供給している原発が止まったら大変なことになると宣伝していますが、すべての原発が停止しても電力供給には何の問題もありません。

図:日本の発電設備の量と実績(2005年度)

 日本には火力発電所を含めて膨大な数の発電所があります。それらの年間を通しての稼働率(=設備利用率)は5割にも満たない状態です。原発を全部停止して火力発電で代替したとしても、火力発電の稼働率は7割にしかなりません。

 こうした事実に対して国や電力会社は、「電気は貯めておけないから、真夏の一番暑い時の電力消費ピークに対応するために原発は必要だ」と反論します。しかし過去のデータを調べれば、火力発電と水力発電だけで十分に最大需要電力量を賄えることが分かります。

 確かに90年代初頭の数年だけ、原発がなければ足らなかった年はありますが、それ以降はまったく問題ありません。しかも最大の電力需要は、真夏の一番暑い3日間ぐらい、午後数時間にしか必要とされません。もし、原発がなければ電気が足りないというのであれば、その時間だけみんなが仕事を休めばなんのことはないのです。

 国や電力会社はもう一つ、地球温暖化防止=CO2削減のために原発が必要だと主張しています。しかし地球温暖化の原因が炭酸ガスかどうかは科学的には証明されていません。私は可能性はあると思いますが、本当のところを突き詰めていくと未だ不明です。

 もし炭酸ガスが温暖化の原因だとしても、原発は解決策にはなりません。少し前まで国や電力会社は、「原発は炭酸ガスを出しません」とPRしていました。しかし現在は、「原発は発電時に炭酸ガスは出しません」と修正しています。

 原発を動かすには、ウラン鉱山からウランを採掘し、それを製錬・濃縮・加工して燃料にする工程や、生み出される「死の灰」を100万年にもわたって管理する仕事が必要です。それらすべてのプロセスで膨大な炭酸ガスが発生することは明らかです。

 さらに私は、発電時にも炭酸ガスを出していると思います。原発は膨大なコンクリートと鉄の塊です。これを動かすためには膨大なエネルギーを必要としますから、当然炭酸ガスを出しています。科学的には、「核分裂反応は炭酸ガスを出しません」が正しい表現です。

 何より温暖化対策を真剣に考えるのならば、膨大な温排水を出している原発こそ真っ先に停止すべきです。100万キロワットの原発の原子炉の中では、300万キロワット分のエネルギーが出ています。電気になっているのはたった3分の1で、残りの200万キロワット分のエネルギーは海に棄てています。

 私の恩師である水戸巌さんは、「原子力発電という名前は正しくない。正しい名前は『海温め装置』だ」と指摘されました。私はこれを聞いて、目から鱗が落ちる思いがしました。確かに原発のエネルギーの3分の2は海に棄てられ、海を温めているのですから「海温め装置」と呼ぶのが正当です。

 これは海の生物にとっては大迷惑な話です。100万キロワットの原発1基は、1秒間に70トンの海水を7℃温めます。東京の主要河川である荒川でも、1秒間に30〜40トンの流量だと思います。1基の原発は、荒川以上に巨大な川の水を7℃も温めて海に流しているのです。

 日本にある55基の原発全体からは、1年間に1000億トンの温かい水が排出されます。日本全土に降る雨の量は1年間で6500億トンで、そのうち川に流れるのは4000億トンです。つまり原発は、毎年日本の川を流れる水の4分の1に相当する量を7℃温めて海に戻しているのです。

 温暖化対策を真剣に考えるなら、炭酸ガスを問題にする前に真っ先にこの「海温め装置」を止めるべきです。

<エネルギーで幸福は生み出せない>

 私は中学、高校時代に、「石油はあと30年で無くなる」とさんざん聞かされました。しかし歴史を紐解いてみれば、いつの時代にもエネルギー危機は叫ばれていました。

 1929年の世界恐慌翌年の30年には、「石油はあと18年で無くなる」と宣伝され、1940年には、「石油はあと23年で無くなる」と危機が煽られました。そして米国、イギリス、中国、オランダによるABCD包囲網で石油の禁輸制裁を受けた日本は、南方の石油資源確保のために太平洋戦争に突入したのです。

 1950年には「あと20年」、70年、80年には「あと30年」と言われ、90年には「あと45年」になりました。一番最近の石油可採年数推定値は50年です。勿論石油はいずれ無くなります。この地球の長い歴史のなかで蓄えられた資源を、私たちは湯水のように使っているからです。

 だからと言って、原子力は石油の代替エネルギーにはなり得ません。原発の燃料であるウランは、石油と比べても数分の1ぐらいの量しかありません。石炭と比べたら数十分の1です。実に貧弱な資源なのです。ゆえに原子力はどうがんばってもそう長くは持ちません。

図の外枠は1年毎に地球に到達する太陽エネルギー

図:再生不能エネルギー資源の埋蔵量 単位は10×10の21乗J

 根本的な問題は、人類はエネルギーを使い過ぎていることです。一体どのぐらいのエネルギーがあれば、人間は平和で豊かな生活を送れるのかを考えてみましょう。

 今から100年前の日本人の平均寿命は50歳未満です。当時は1人1日当り食料を含めて数千キロカロリーのエネルギーしか使えませんでした。人間が生きるためには、1日当たり2000キロカロリーの食料を採る必要があり、それ以外にも様々なエネルギーを使います。1日数千キロカロリーでは食料すら満足にまかなえないので、寿命は短かったのです。

 日本は高度経済成長期以降、1日当たり4〜5万キロカロリーのエネルギーが使えるようになり、その結果平均寿命は70歳、80歳と伸びてきました。現在では、1人当たり平均12万キロカロリーのエネルギーを使っています。

 私は日本のエネルギー消費を、現在の2分の1にするように提唱しています。12万キロカロリーの半分、6万キロカロリーです。

 これはほぼ1970年代の消費レベルです。冷蔵庫、洗濯機、テレビなどほとんどの電化製品は揃っていました。しかも今日の省エネ技術は70年代よりも良くなっています。白熱灯ではなく蛍光灯が普及し、冷蔵庫も10分の1ぐらいのエネルギー消費で動きます。ですから6万キロカロリーでも、70年代よりもはるかに豊かな生活が可能です。贅沢を切り詰めれば十分に命を維持し、人間的な生活をおくれるレベルです。

 加えて重要なことは、日本のエネルギー消費を半分に減らしても、まだ世界平均を上回っていることです。現在世界の平均エネルギー消費量は、4〜5万キロカロリーです。
 今世界65億の人口のうち、先進国に住んでいる人は4分の1、約16〜17億人です。残りの50億の人たちは、未だにエネルギーをほとんど使えない生活を強いられています。

※:図

 そのなかでも特に11億の人たちは、「絶対的貧困」と国連が定義する状況に置かれています。1日に1ドル、つまり約120円以下しか使えない人が11億人いて、そのうち5億人は飢餓に直面しています。劣悪な衛生・健康状態のなかで、2〜3秒毎に子どもが死亡しているのです。

 未だに多くの人たちが飢えに苦しんでいるにも関わらず、私たちはそれを顧みることなくさらに大量のエネルギーを使って贅沢を享受する社会をつくろうとしているのです。この極めて差別的な世界を一体どうすればいいのでしょうか?

 宮澤賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はありえない」と記しました。私は「世界ぜんたい」とは、人間のみを指すのではないと思います。人間を含めたこの世界全体が幸せになることを、賢治さんは願っていたはずです。またそう考えなければ、この地球という星を守ることはできないところにまで私たちは追い詰められてしまったと思います。

 賢治さんは続けてこう記しています。「個性の優れる方面に於て、各々止むなき表現をなせ」。

 たまたま原子力の世界に入ってしまった私は、なんとか原発を止めるために自分が持っている力を出し尽くします。みなさんも、それぞれが取り組んでいる場所で、それぞれの力を発揮してください。

 私たち誰もがそれぞれに「止むなき表現」をする場所があるはずです。
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引用元:これ以上のエネルギー消費拡大は犯罪 原発がすべて止まっても決して停電は起きない 小出裕章さん講演 – エコ&ピース月刊誌Actio
※引用元では、図を見ながら文章を見られるので理解しやすいです。


6月23日 (遮水壁の設置を)とにかく早くやらなくてはいけないのが原則 小出裕章(報道ステーション)

2011年6月24日

2011年6月23日の報道ステーションに小出裕章氏がVTR出演されました。コメント欄にて多くの方より、情報、動画URLを教えていただきました。

動画

※出演箇所、4分25秒あたり〜、5分20秒あたり〜、8分25秒あたり〜


小出裕章『放射能汚染の現実を超えて』復刊

2011年5月19日

京都大学原子炉実験所助教小出裕章氏の著書『放射能汚染の現実を超えて』が、河出書房新社より2011年5月20日に復刊になります。「復刊にあたって」という前書きも収録されています。

Amazonでは5月19日発売になっています。

放射能汚染の現実を超えて (河出書房新社)
放射能汚染の現実を超えて (Amazon)

名著緊急復刊!
旧ソ連チェルノブイリ原発事故後、人々は放射能にどう立ち向かうか
今こそ読まれるべき原発への警告の書!

内容(出版社サイトより転載)

1986年チェルノブイリ原発の大事故後、旧ソ、ヨーロッパだけでなく日本でも汚染は拡がっていた。原発の現場から食品など具体的な放射能汚染の実態を綴り、原発への警告を鳴らす。

目次・収録作品

まえがき――『放射能汚染の現実を超えて』復刊にあたって

序 人命の尊厳と反原発運動
人類は自ら蒔いた種で、遠からず絶滅する/人類が滅亡しても、地球は新たな生命を育む/反原発の根拠/生き方の中にこそ生命の尊厳はある

Ⅰ チェルノブイリの死の灰はどこに行ったのか
チェルノブイリ原発の大事故/野菜が汚染された/母乳にまで放射能が/今も続く食品汚染/放出された死の灰/ヨーロッパ・ソ連の汚染の深刻さ/チェルノブイリ周辺の汚染の恐怖/もし九州で事故が起こったら/100万~200万の人がガンに/子供たちに集中する犠牲/有機農業に集中する汚染/工業化で潰されてきた農業/エネルギー浪費社会の末路/人間差別の上にしか成り立たない原発/汚染食品とどう向き合うのか/第三世界の現実/私たち自身が加害者に

Ⅱ 弱い人たちを踏台にした「幸せ」
放射能で汚れた食べ物/日本が拒否しても汚染は消えない/過酷な現実といわれなき差別/私たち自身が加害者になっている/子供たちの澄んだ瞳

Ⅲ 放射能汚染の現実を超えて
チェルノブイリ原発事故/ソ連、ヨーロッパの汚染の深刻さ/日本の状況/本当に必要なこと

Ⅳ 放射能汚染の中での反原発
はじめに/国の規制値にはまったく根拠がない/安全な被曝量など存在しない/原発の恩恵を受けている国は汚染も受け入れよ/弱者にしわ寄せされる放射能汚染食糧/誰が立証すべきなのか/運動はどういう波及効果を持つか/国が恐れていることと、運動に必要なこと/多元的な運動と根源的な運動/運動の形成と目標/根源的な運動の具体像/この現実を差別と呼ばずに何と呼ぶのか/「唯一の被爆国」と呼ぶ誤り/朝鮮人被爆者をいまだに差別し続けている私たち/排外主義から国際連帯へ/国際連帯に至る日本人としての条件/反原発運動の飛躍のために/どういう人たちの立場に立つのか

Ⅴ 多様な運動の根源における連帯
存在する無数の課題と連帯の地平/汚染測定の醜さと活路

Ⅵ 有機農法玄米のセシウム汚染が教えるもの
はじめに/汚染の強さを決める要因/チェルノブイリ原発事故による日本国内の汚染/玄米のセシウム汚染の主犯は過去の核実験にある/それぞれの玄米からの被曝量/汚染への向き合い方

Ⅶ 原子力開発と地球環境問題
原子力開発の看板の変遷/温暖化問題と化石燃料の浪費/日本による略奪的な森林伐採/温暖化問題の本質はエネルギー浪費/エネルギーを浪費しない社会への道/原子力はクリーンでも安全でもない/原発は石油がなければ動かない/おわりに――いわれなき犠牲をさけること


牛乳が飲みたい 原発 勇気ある撤退 (1988年)

2011年5月5日

1986年のチェルノブイリ原発事故を受けて、日本で制作されたビデオ『牛乳が飲みたい 原発 勇気ある撤退』(1988年11月)に、小出裕章氏が出演されているということを、コメント欄にて教えていただきました。ありがとうございます。

youtubeに動画がアップされています。

牛乳が飲みたい_原発・勇気ある撤退【1/3】

牛乳が飲みたい_原発・勇気ある撤退【2/3】

牛乳が飲みたい_原発・勇気ある撤退【3/3】


2010年11月 エネルギー庁主催シンポジウム 小出裕章

2011年5月4日

2010年11月20日にエネルギー庁の主催により岡山市で開催された放射性廃棄物についてのシンポジウムに、小出裕章氏が登壇されていたということを、コメント欄にて金原さんとおっしゃる方より教えていただきました。ありがとうございます。

これについては、池田香代子さんが紹介されていたということなのですが、以下の記事で小出氏参加の経緯を含めて詳しく書かれています。

【動画あり】シンポジウム「どうする放射性廃棄物」 (2011年1月20日付)

また、シンポジウムの内容は、プレゼンテーションや質疑応答の動画や当日の配布資料を含めて、以下のサイトにて公開されています。

双方向シンポジウム どうする高レベル放射性廃棄物

概要

開催日 11月20日(土)
時間 開場13:00 開会13:30 閉会17:00
会場 岡山市勤労者福祉センター 体育集会室
岡山市北区春日町5-6
定員 150名
テーマ ・「地上管理」と「地層処分」はどちらが安全(危険)なのか?
・なぜ、東京に地層処分施設をつくろうとしないのか?
登壇者
梅木 博之((独)日本原子力研究開発機構 地層処分研究開発部門 研究主席)
小出 裕章(京都大学原子炉実験所 助教)

司会進行役
八木 絵香(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 特任准教授)
(敬称略・五十音順)


小出裕章氏の著書、論文、講演録の一覧

2011年5月4日

いつも情報を寄せてくださるねずさんが、小出裕章氏がこれまでに発表されたもの、お書きになったものをまとめてくださいました。以下、そのまま転載させていただきます。どうもありがとうございます。

ーーーーー

小出裕章さんの著書、論文、講演録などを集めています。単独の著作だけでなく、共著(+分担したもの+関わったものなどを含む)、編集、監修なども含めています。おそらく抜けているものもたくさんあります。ほぼ年代順に並べています。

ネット上で参照可能なものはリンクを張りました。リンク切れ、リンク間違いなどがあればご容赦ください。購入できる本は、アマゾンへのリンクになっています。現在では参照できないものも多数あります。学術書などを扱っている大きな図書館にはあると思います。

原子力発電のもつ危険性 (原子力発電問題)
小出裕章
岩波書店 1977

原子力発電における安全上の諸問題
小出裕章他
原子力情報センター 1977

「原子炉安全性研究」(WASH-1400)とその波紋
小出裕章
岩波書店 1977

伊方原発訴訟判決の科学・技術的問題点-1-全般的批判と工学的問題点
小出裕章
有斐閣 1978

美浜原子炉の燃料事故をめぐる問題-1-
今中哲二,小出裕章
岩波書店 1979

美浜原子炉の燃料事故をめぐる問題-2-
今中哲二,小出裕章
岩波書店 1979

原発の安全上欠陥
原子力技術研究会、小出裕章共著
第三書館 1979/1
http://amzn.to/jaPtKZ (アマゾン)

原子力発電の安全性論争
小出裕章他
技術と人間 1979

米国スリーマイル島原発事故の問題点
小出裕章他
科学 1979/6
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/TMIKagaku1979.pdf

原子力における確率論的安全評価の意味 - その1
小出裕章
第1回原子力安全問題ゼミ 1980/6/4

原子力における確率論的安全評価の意味 - その2
小出裕章
第2回原子力安全問題ゼミ 1980/6/19

確率論的評価の亡霊とそれに縋る推進派
小出裕章
技術と人間 1980

原子力発電所の燃料問題–美浜1号炉燃料棒折損事故を中心に
小出裕章
岩波書店 1981

敦賀原発環境汚染事故の実態
小出裕章
第8回原子力安全問題ゼミ 1981/9/30

放射能測定マニュアル
小出裕章他
京都大学原子炉実験所 1982

ICRP勧告の変遷とその意味
小出裕章
第15回原子力安全問題ゼミ 1983/9/14

伊方原発判決に見る原発の危険性
小出裕章
第21回原子力安全問題ゼミ 1985/4/26

チェルノブイリ原子力発電所事故の教訓
小出裕章
岩波書店 1986

ウィーン反原発国際会議の報告
小出裕章
第25回原子力安全問題ゼミ 1986/10/30

放射能汚染の現実を超えて
小出裕章著
技術と人間 1987

チェルノービィリ原発事故による放射能の放出
小出裕章他
社団法人日本物理学会 1987

高感度中性子モニターによる漏えい中性子線量の測定
小出裕章他
社団法人日本物理学会 1987

放射線ガン死のリスク係数と日本の汚染
今中哲二,小出裕章
エントロピー読本 1987
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/keisemi1988imanaka.pdf

別冊「宝島」 原発大論争
小出裕章他
JICC出版局 1988

放射能汚染の中での反原発
小出裕章
技術と人間 1988

被曝「許容量」緩和–何のためか (原発の時代は終わった)
(袋小路の原子力発電)
小出裕章
岩波書店 1988

原子力発電の真実と私達の生き方
小出裕章著
原発がこわい女たちの会 1988

チェルノブイリ事故による放出放射能
瀬尾健,今中哲二,小出裕章
岩波書店 1988
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/ChernobylKagaku1988.pdf

核燃料サイクルの技術的・社会的問題 (第7回日本環境会議)
小出裕章
岩波書店 1988

チェルノブイリ事故と食品汚染
小出裕章
第31回原子力安全問題ゼミ 1988/6/27

人形峠の汚染の実態と推進派の虚構の論理–鳥取県放射能調査専門家会議批判
小出裕章
技術と人間 1989

ラドンの危険性とウラン鉱山労働者 (人形峠でいま何が起きているか)
小出裕章
技術と人間 1989

放射能の汚染を測定して来て見えて来たこと
小出裕章氏講演録
女川原発訴訟支援連絡会議 1990

産業廃棄物処分場に姿を現わした放射能 (広がる放射性産業廃棄物の汚染)
小出裕章
技術と人間 1990

原子力開発と地球環境問題 (第9回日本環境会議)
小出裕章
岩波書店 1990

地球環境の危機 研究の現状と課題
小出裕章共著
岩波書店 1990

確率論的安全評価の現在-NUREG-1150を中心にして
小出裕章
第36回原子力安全問題ゼミ 1990/7/4

人形峠旧ウラン鉱山周辺のラドン汚染
小出裕章
技術と人間 1991

ここまでなら安全という基準はない
小出裕章
全日本自治団体労働組合 1991

人間と放射線(邦訳)
John.W.Gofman, Radiation and Human Health, Sierra Club Books
伊藤 昭好、小出裕章他
社会思想社 1991/3
http://amzn.to/is1YQ3(アマゾン)

放射能汚染の現実を超えて 
小出裕章著
北斗出版 1992
http://amzn.to/iH2C4N(アマゾン)

放出放射能を検証する (美浜2号炉事故を解明する)
小出裕章
技術と人間 1992

活性炭受動型ラドンモニタの特性と応用
小出裕章
京都大学原子炉実験所第26回学術講演会報文集 1992

Energy Politics and Schumpeter Dynamics: Japan’s Policy Between Short-term Wealth and Long-term Global Wealth
小出裕章他
Springer-Verlag 1992

美浜2号炉事故を究明する(放出放射能)

小出裕章
第44回原子力安全問題ゼミ 1992/6/24

APWRの特徴とその問題点
小出裕章
第46回原子力安全問題ゼミ 1992/12/10

マンハッタン計画労働者の肺ガン
小出裕章
1993/12/24
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No99/Pu-Death.pdf

海に捨てられた核廃物–旧ソ連だけではない無責任国家群
小出裕章
毎日新聞社 1993

伊方原発周辺の放射能調査への補遺 (たそがれを迎えた原子力)
小出裕章,尾崎充彦
技術と人間 1994

Outline of Disaster by Atomic Bombs in Hiroshima and Nagasaki
K.Kobayashi, H.Koide
Belarus-Japan Symposium 1994/10/3

第9分科会 非核・平和・国際協力 (信州自治研の課題)
小出裕章他
自治研中央推進委員会 1995

環境と人間
小出裕章他
東京教学社 1995

人形峠ウラン公害ドキュメント
榎本益美著、小出裕章関連
北斗出版 1995/4
http://amzn.to/mOcnUR (アマゾン)

原発事故、その時あなたは・・・?
瀬尾健著、小出裕章関連
風媒社 1995/6
http://amzn.to/jwTqkw (アマゾン)

imidas’97~2003(「原子力」の章)
集英社 1996~2002

もんじゅ事故調査検討委員会報告
小出裕章
第64回原子力安全問題ゼミ 1996/6

「もんじゅ」と人の叡知
小出裕章
想像 1996/4
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Monju/souzou.htm

足尾、水俣そして人形峠
小出裕章
環境と社会 1997/3
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/KankyouD.html

原子力と共存できるか 

小出裕章,足立明著
かもがわ出版 1997
http://amzn.to/l0nbS5(アマゾン)

原子力施設の破局事故についての災害評価手法
瀬尾健、小出裕章
第68回原子力安全問題ゼミ 1997/8/29
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No68/kid9708.pdf

ウラン採掘と人形峠旧ウラン鉱山
小出裕章
原子力資料情報室通信 1997/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/Ugoki.html

被災者の一二年 (特集 チェルノブイリ事故から一二年)

ボロディ-ミル ティ-ヒ-,小出裕章訳
技術と人間 1998

放射能汚染と被曝 (特集 東海村臨界事故と原子力の終焉)
小出裕章
技術と人間 1999
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/jco/kid9912.html

原発亡国ニッポン-6-科学技術庁が隠していた放射性ヨウ素測定データ

小出裕章
週間金曜日 1999

決定版 原発大論争!―電力会社vs反原発派
小出裕章他
宝島社文庫562 1999
http://amzn.to/j939OG (アマゾン)

JCO事故における被曝と放射能汚染問題
小出裕章
第76回原子力安全問題ゼミ 1999/11/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No76/kid9911a.html
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No76/kid1101R.pdf

サテライトミーティング「JCO 臨界事故を考える」『問題は何か』
小出裕章
京都大学原子炉実験所、第34回学術講演会 2000/1/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/jco/satellite/kid0126.pdf

JCO事故を考える
小出裕章
於東京足立区 2000/2/11
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kd000211.PDF

住民たちが負わされた二重の苦しみ(野ざらし44年・人形峠)
逃げるな!科学技術庁–放射能汚染 モナザイト、そして人形峠
小出裕章
週間金曜日 2000

保健物理学と原子力防災 (特集:JCO臨界事故を体験して)
小出裕章
日本保健物理学会 2000

放射能汚染と被曝–東海村臨界事故と原子力の終焉
小出裕章
技術と人間 2000

ウラン残土と原発、放射能汚染について
小出裕章
全水道労研集会 2000/5/23
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kd000523.PDF

人形峠ウラン鉱山などの汚染と課題
小出裕章
第79回原子力安全問題ゼミ 2000/9/27
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No79/kid000927.PDF

原発事故の恐怖
瀬尾健著、小出裕章関連
風媒社 2000/1
http://amzn.to/lhMRaj(アマゾン)

新版 環境と人間
木野茂編、小出裕章「エネルギーと人間」分担
東京教学社 2001

日本と台湾の原発事情
小出裕章
原発びわこネット 2001/2/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/biwako.pdf

原子力発電所の災害評価と台湾への適用
小出裕章
第81回原子力安全問題ゼミ 2001/3/16
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No81/kid0103.PDF

核燃料輸送事故による被曝線量評価メモ
小出裕章
2001/3/19
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/yusoujik.pdf

Jadugoda の放射能汚染についての予備調査報告
小出裕章
2001/9/28
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/report-J.pdf

Preliminary investigation about the radioactive contamination in Jadugoda.
Hiroaki KOIDE
2001/11/8
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/report-E.pdf

人類のエネルギー浪費
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/3
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-01.pdf

化石燃料とウラン
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/4
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-02.pdf

核時代の死の黄金
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/5
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-03.pdf

幻だったプルトニウム利用
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/6
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-04.pdf

過剰な発電所と無力な原子力
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/7
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-05.pdf

原子力の危険の根源
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/8
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-06.pdf

原子力発電所で大事故が起きたら?
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-07.pdf

破局的被害を生む毒物
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-08.pdf

木を見て、森を見ず
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/11
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-09.pdf

原子力から撤退する世界の流れ
小出裕章
京都歯科協TIMES 2001/12
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-10.pdf

生きるために必要なエネルギー
小出裕章
京都歯科協TIMES 2002/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-11.pdf

医師の皆さんに伝えたいこと
小出裕章
京都歯科協TIMES 2002/2
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-12.pdf

論考 原子力の現状とその問題
小出裕章
全国保険医団体連合会 2001

人形峠ウラン鉱害裁判 : 核のゴミのあと始末を求めて 
土井淑平,小出裕章著
批評社 2001
http://amzn.to/lBvb3p(アマゾン)

「原発震災」と原子力の黄昏 (特集 原発震災が迫っている)
小出裕章
実践社 2002

原子力発電所で大事故は起きるか? (特集 一六年目のチェルノブイリ)
小出裕章
技術と人間 2002

苦難の先住民 インド・ジャドゥゴダ・ウラン鉱山
小出裕章
No Nukes Asia Forum 2002/2/14
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/nnaf-ind.pdf

The investigation on radioactive contamination around Jadugoda uranium mine
Hiroaki KOIDE
2002/7/8
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/J-REP4E.pdf

ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにおけるチェルノブイリ原発事故研究の現状調査報告
小出裕章他
京都大学原子炉実験所学術講演 2003/1/29
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/etc/KUR0301.pdf

日本の原子力政策は破綻した---大事故が起きる前に撤退を!
小出裕章
たんぽぽ舎総会 2003/2/15
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/tanpopo.PDF

朝鮮の核問題をめぐって
小出裕章
技術と人間 2003

朝鮮の核問題
小出裕章
グリーン・アクション京都勉強会 2003/6/14
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/KoreanN.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟への意見書
小出裕章
2003/春
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/iken.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟への再意見書
小出裕章
2003/9/18
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/saiiken.pdf

インド・ジャドゥゴダの住民たち
小出裕章
No Nukes Asia Forum 2003/10/8
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/NNAF0309.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟への再々意見書
小出裕章
2003/12/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/saisai.pdf

朝鮮の核問題
小出裕章 2003/6/14
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/KoreanN.pdf

ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにおけるチェルノブイリ原発事故研究の現状調査報告
今中哲二,小出裕章,小林圭二他
京都大学原子炉実験所学術講演会報文集 2003

巨大なモンスター
小出裕章
京都保険医新聞 2003/6/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/monster.gif

ウランを利用することで生じる被曝
インド・ジャドゥゴダウラン鉱山の汚染を中心にして
小出裕章
第94回原子力安全問題ゼミ 2003/8/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No94/koide030826.pdf

インド、ジャドゥゴダ・ウラン鉱山の放射能汚染と課題
小出裕章
「原子力資料情報室通信」 2003/11/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/CNIC0311.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟への再々々意見書
小出裕章
2004/2/18
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/sai3.pdf

インド、ジャドゥゴダ・ウラン鉱山周辺環境の放射能汚染
小出裕章,今中哲二,川野眞治他
京都大学原子炉実験所学術講演会報文集 2004

Radioactive contamination around Jadugoda uranium mine in India
Hiroaki KOIDE
2004/4/27
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/india/JADFINAL.pdf

原子力発電所の災害評価–ペンの暴力を使っているのは誰か
小出裕章
技術と人間 2004

原子力発電所の災害評価
原子力推進似非学者のレベルの低さと批判への回答
小出裕章
第97回原子力安全問題ゼミ 2004/6/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No97/koide_doc.pdf

原子力発電所の災害評価(PPT)
小出裕章
第97回原子力安全問題ゼミ 2004/6/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No97/koide_ppt.pdf

美浜3号炉事故の全体像と課題 (特集 美浜3号機事故)
小出裕章
技術と人間 2004

美浜3号炉事故の全体像と課題
小出裕章
第98回原子力安全問題ゼミ 2004/10/7
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No98/koide041007.pdf

美浜3号炉事故の全体像と課題(PPT)
小出裕章
第98回原子力安全問題ゼミ 2004/10/7
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No98/koide041007ppt.pdf

放射性廃物の問題点(上)ごみについて考える
小出裕章
技術と人間 2004

放射性廃物の問題点(下)ごみについて考える
小出裕章
技術と人間 2004

劣化ウラン兵器と核サイクル 
小出裕章
劣化ウラン兵器禁止条約実現キャンペ-ン 2004/5/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/DU0509.pdf

『使用済み核燃料中間貯蔵施設』とは?
小出裕章
宮崎県内連続講演会 2004/5/21~23
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/myzk0405.pdf

差別の世界と戦争
小出裕章
真宗大谷派山陽教区「非核非戦法要」 2004/8/3
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/ootaniha.pdf

愚かな原子力利用 ・人形峠の放射能汚染とそれに抗した人々
小出裕章
中国地方反原発反火電住民運動市民運動等連絡会議総会 2004/9/25
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/nngy0409.pdf

廃炉の世紀への提言
小出裕章
もんじゅを廃炉へ!全国集会 2004/12/5
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/zenkoku.pdf

プルサーマル導入-その狙いと危険性
小出裕章
核燃料サイクルとエネルギー政策を考える学習会金沢 2004/12/13
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kanazawa.pdf

α線内部被曝線量の評価方法についてのメモ
特に吸入によって肺に取り込んだ場合
小出裕章
第99回原子力安全問題ゼミ 2004/12/15
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No99/koide041215a.pdf

原子力発電所の安全管理 (「美浜原発3号機事故」ミニシンポジウム(その2))
小出裕章
アグネ技術センター 2005

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟、控訴審への意見書

小出裕章
2005/3/9
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/appeal-1.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟、控訴審への再意見書

小出裕章
2005/8/31
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/appeal-2.pdf

プルサーマルと核のごみ
小出裕章
九州連続講演会、北九州・佐賀・唐津 2005/10/28~30
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/PuTherm.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟、控訴審への再々意見書

小出裕章
2005/11/28
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/appeal-3.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟、控訴審への再々々意見書

小出裕章
2006/2/16
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/appeal-4.pdf

放棄すべき六ヶ所再処理工場
小出裕章
核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団、講演会 2006/2/11
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/aomr0602.pdf

六ヶ所再処理工場の災害評価に関する覚書
小出裕章
2006/4/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/rpp-acc.pdf

六ヶ所再処理工場に伴う被曝-平常時と事故時
小出裕章
再処理を止めよう!青森県シンポジウム 2006/7/15
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/aomori06.pdf

プルトニウムという放射能とその被曝の特徴
小出裕章
緊急学習会:プルトニウム被曝を問う 2006/7/15
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/Pu-risk.pdf

人形峠鉱滓放置問題
榎本さん土地明け渡し訴訟、高裁判決を受けて

小出裕章
2006/8/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/realness.pdf

Being scientific(PPT)
Hiroaki KOIDE
The 3rd ICBUW International Conference Hiroshima, 2006/8/4
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/ICBUWkid.pdf

被曝、原子力、核のごみ
小出裕章
「四万十川源流と高レベル核廃棄物」勉強会(津野町)2006/9/16
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/Tuno0916.pdf

1億人の傍観者が支える原子力
小出裕章
「東京原発」を観る集い(岐阜) 2006/9/23
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/gifu0923.pdf

六ヶ所再処理工場が平常運転時に予定している被曝
小出裕章
原子力資料情報室 2006

浜岡原発の危険住民の訴え 
小出裕章他
実践社 2006
http://amzn.to/mtBlU8(アマゾン)

座談会 臨界事故隠し事件をめぐって
藤田一良,小林圭二,小出裕章他
進歩と改革研究会 2007

座談会 臨界事故隠し事件をめぐって(下)
藤田一良,小林圭二,小出裕章他
進歩と改革研究会 2007

非情な世界における核と原子力 (特集 原発シンドローム)
小出裕章
西田書店 / 明治大学軍縮平和研究所編 2007
http://www.meiji.ac.jp/osri/gunsyuku/no8.html(目次のみ)

日本を滅ぼす原発大災害 : 完全シミュレーション 
坂昇二,前田栄作 著,小出裕章監修
風媒社 2007
http://amzn.to/jE0Voq(アマゾン)

再処理がもたらすもの–核燃料サイクルに関連する安全問題(2) (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか) — (〈信頼〉の担保)
小出裕章
岩波書店 2007

安全のための一言 柏崎・刈羽原発震災–地震と原子力発電所の安全性
Kashiwazaki-Kariwa nuclear power plant disaster by earthquake
小出裕章
アグネ技術センター 2007

地球温暖化問題の本質
小出裕章
たんぽぽ舎での勉強会 2007/1/14
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/crisis.pdf

原子力とは一体何なのか?
小出裕章
グリーンコープみやざき生活協同組合 2007/2/22
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/myzk0222.pdf

厖大な核のごみの始末のつけ方
小出裕章
東洋町高レベル放射性廃物の最終処分場についての討論会 2007/2/27
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/toyo0227.pdf

物質開発倫理学講義「足尾鉱毒」
小出裕章
京都工芸繊維大学 2007/12/25
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kksd3.pdf

物質開発倫理学講義「水俣公害」
小出裕章
京都工芸繊維大学 2007/12/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kksd5.pdf

物質開発倫理学講義「原子力利用の危険性と問題点」
小出裕章
京都工芸繊維大学 2007/12/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kksd6.pdf

物質開発倫理学講義「原子力事故」
小出裕章
京都工芸繊維大学 2007/12/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kksd7.pdf

物質開発倫理学講義「エネルギー問題」
小出裕章
京都工芸繊維大学 2007/12/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kksd8.pdf

原発事故シミュレーション–の担保 (特集 防災シミュレーション–予測と検証の科学論)
小出裕章
岩波書店 2008

大間原子力発電所を問う(第4回)大間原発の破局事故シミュレーション
小出裕章
原子力資料情報室 2008

巨大地震が原発を襲うとき- 廃絶すべき浜岡原発-
小出裕章
原発震災を防ぐ風下の会 2008/10/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/msm081026.pdf

ウラン残土レンガと放射能の基礎知識
小出裕章
ウラン残土市民会議 2008/11/22
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/mss081122.pdf

なぜ六ヶ所再処理工場の運転を阻止したいのか
小出裕章
「終焉に向かう原子力」(第7回) 2008/12/13
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/tk081213.pdf

柏崎刈羽原発とその地震被害の概要
小出裕章
第105回原子力安全問題ゼミ 2008/7/22
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No105/koide.pdf

山口県・上関原発・・・あまりに愚かな選択 原子力とプルサーマル問題
小出裕章
広島県保険医協会主催市民公開講演会 2009/2/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/hrsm090201.pdf

原子力の場から視た地球温暖化問題 (特集 原子力発電の新局面–ますます深まる矛盾) — (原子力の本質)
小出裕章
エントロピー学会 2009

原子力の場から視た地球温暖化
小出裕章
環境問題研究会2月例会 2009/2/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kyoto0210.pdf

原子力の場から視た地球温暖化問題
小出裕章
「終焉に向かう原子力」(第9回) 200912/5
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/10416.pdf

核=原子力に未来はあるか
環境・経済・国際政治的にも放棄されるべき再処理
小出裕章
生活者通信 2009/7/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/tsnw214.pdf

瀬尾さんの思い出(追悼文集)
小出裕章他
2009/7/24
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/sonota/seo-memoriam.pdf

六ヶ所再処理工場周辺での空気中トリチウム濃度測定結果が示すもの
小出裕章
生活者通信 2009/9/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/tsnw216.pdf

被曝の危険と謂われない犠牲
小出裕章
生活者通信 2009/10/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/tsnw217.pdf

核=原子力問題の本質を見据える-差別に抵抗する
小出裕章
生活者通信 2009/11/1
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/tsnw218.pdf

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告と温暖化二酸化炭素説の問題点
小出裕章
第108回原子力安全問題ゼミ 2009/10/26
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No108/koide20091026.pdf

再処理は核軍事の中心技術 (六ヶ所再処理工場の危険性を問う)
小出裕章
全国保険医団体連合会 2009

戦争と核=原子力
小出裕章
日本基督教団・大阪教区・核問題特別委員会 2009/11/29
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/OC091129.pdf

原子力発電は危険、プルサーマルはさらに危険
小出裕章
石巻市・第3回「プルサーマル市民勉強会」2009/12/22
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/isnmk091222.pdf

終焉に向かう原子力と温暖化問題
小出裕章
日本カトリック教会・正義と平和委員会・地球環境を守る会 2010/1/19
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/JCC100119.pdf

今私たちが知っておかなければならない、核・原子力の真実
小出裕章
札幌での講演 2010/4/10
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/spr100410.pdf

原子力の「平和利用」は可能か?
小出裕章
非核の政府を求める兵庫の会市民学習会での講演 2010/10/8
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/kub101008.pdf

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
小出裕章著
創史社 2011
http://amzn.to/mPa94c(アマゾン)

福島原発事故の現状について
小出裕章
第110回原子力安全問題ゼミ 2011
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/20110318koide.pdf

終焉に向かう原子力(第11回)悲惨を極める原子力発電事故
小出裕章
明治大学での講演 2011 4.29
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/tky110429.pdf

放射能汚染の現実を超えて 
小出裕章著
河出書房新社 2011/5/19 発売予定
http://amzn.to/maFGrF(アマゾン)


米国の「正義」は強者の傲慢 小出裕章

2011年5月3日

2011年5月1日、米国のオバマ大統領は、アメリカが主導する作戦によりオサマ・ビンラディン氏を殺害したと発表しました。米国政府はビンラディン氏を2001年9月11日同時多発テロ事件の首謀者であるとしています。

これに関連し、9・11同時多発テロ事件の後に小出裕章氏が発表した文章があることを知りましたので、転載します。

米国の「正義」は強者の傲慢

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暴力が支える「自由と民主主義」
 私が子供の頃、日本にTVが入ってきた。そのころは西部劇全盛の時代であった。苦労して荒れ地の開拓に汗を流す白人住民を野蛮なインディアンが襲い、それを勇敢な騎兵隊がやっつけるというのがそうした番組の定番であった。どうやら現代の米国人もいまなお自分たちだけは何をしても正義だと思っているようである。
 1492年コロンブスが「新大陸を発見した」時、アメリカ大陸には人が住んでいた。彼らはすでに2万年前、洪積世後期のウィスコンシン氷河期にベーリング陸橋をわたってアジアから移り住んだモンゴロイドである。その先住民達にとって、その後の500年は過酷な歴史であった。1992年、一方では「新大陸発見500年祭」が行われたが、一方では「先住民、黒人、民衆の抵抗の500年キャンペーン」が取り組まれた。
 1776年米国が独立宣言をした時は、星条旗の13本の横縞が示しているように、米国はまだ東部13州であった。その時までにも、先住民は移民してきた白人達によって散々な虐殺にあっていたため、移民達と戦っていた。しかし、米国独立後、先住民がたどる運命はますます過酷なものとなった。合州国政府は1830年に「インディアン強制移住法」を制定し、ミシシッピ川以東に住んでいた先住民を西部に追いやった。10万人の先住民が<涙の旅路>と呼ばれる過酷で長い旅をたどってミシシッピ川以西に強制移住させられ、抵抗したセミノール族は殺された。その後も、先住民達は絶望的な抵抗を続けるが、白人の圧倒的な武力の前に西へ西へと追いやられた。
1840年代にはいると、米国の急速な領土の膨張によって、西部に住んでいた先住民の諸部族も合州国軍の攻撃にさらされた。サウスダコタ西部に位置するブラックヒルズは、グレートプレーンズから900mの比高でそびえ、山地を松の森林が覆っているため、先住民がそう呼んだ聖地であった。ワイオミングはブラックヒルズの西に広がる州だが、そのワイオミングにも白人が侵入し、先住民と衝突した。その結果、1868年になって、ミシシッピ川最大の支流で最西端を流れるミズーリ川以西の地は永久にスー族の保留地であるとの「ララミー協定」が結ばれた。しかし、1874年にカスター将軍がブラックヒルズで金鉱を発見するや、多数の白人が侵入して無法地帯となった。聖地の冒涜に耐えかねたスー族はついに第2次スー族戦争に立ち上がった。カスターは第7騎兵隊のインディアン討伐隊を率いて出撃、76年6月リトルビッグホーン川で遭遇したスー族の部隊を攻撃した。その時スー族を率いていたのはクレージー・ホースとシッティング・ブル両酋長であり、多大の犠牲を払わされながらもついに騎兵隊を全滅させた。後年、ジェロニモ率いるアパッチ族が騎兵隊を悩ませはしたが、それでもこのリトルビッグホーンの戦いは先住民にとっての哀しくも最後の栄光であった。米国はこの戦いを口実にさらなる虐殺を繰り返し、1887年に「一般土地割り当て法(ドーズ法)」を制定して巧妙に先住民から土地を奪う一方、1890年にはウーンデッドニークリークの大虐殺を起こした。

選び抜かれた標的
 現代は米国による一極支配の世界である。自らの価値観にあわない国に対しては、直接的な武力行使で崩壊させる、あるいは経済制裁という手段を使って圧力をかけてきた。また、イスラエルがパレスチナに対して武力を背景とした移民を繰り返していることに対しても、軍事的、経済的な協力をしながらそれを支えてきた。何のことはない、暴力によって土地を取り上げ、そこに国を作るというやり方は、米国自身が歩んできた道である。ところが、彼らは米国こそ「自由と正義」の国であり、「平和」を愛する国なのだという。
 多くの人は今回のニューヨークとワシントンに対する攻撃を「テロ」と呼んで忌み嫌う。私にとっても今回の攻撃は衝撃的であった。しかし、今回の攻撃の標的は大変的確に選ばれていた。すなわち、米国が世界を支配するために使ってきた2つの道具、力=軍事力(国防総省)と金=経済(国際貿易センター)の象徴である。(想像でいうことは意味がないが、国際貿易センターに突入した人たちも自らの行為を象徴的なものと考えていたはずで、あのようにビル自身が倒壊し、多数の人々が犠牲になるとは思っていなかったと私は思う。)残念なことは、ホワイトハウスへの攻撃が失敗したことだし、自らの命を捨てても米国の横暴に一矢を報いたいと思う人々の行為を私は非難したくない。

一寸の虫にも五分の魂
 アフガニスタンは大国の狭間で長く苦しい歴史を背負い、現在世界の最貧国である。1980年代以降は、米国が中央アジアでの石油と天然ガスの利権を狙って、ロシアと闘うタリバーンに肩入れした。貧しいアフガニスタンは世界のアヘンの4分の3を生産し、米国CIAがそれを武器に換えて戦闘に介入した。その戦いで国土は荒廃し、アフガニスタンはますます貧しくなり、2100万の人口のうち多い時は600万人以上が難民であった。食料も医薬品も乏しく、統計データすら満足に得られない国であり、軍事費も米国の1000分の1にも満たない。そのアフガニスタンに対して、米国は証拠を示さないまま容疑者と称する人(オサマ・ビンラディン氏)の引き渡しを求めた。アフガニスタンにとっては、容疑者と称された人は客人であったため、客人を引き渡せというなら証拠を示せとごく当たり前の要求をし、そのための交渉に応じるとまでいっていた。ところが、米国は問答無用、言うことを聞かなければ武力で攻撃すると脅したのであった。証拠のないまま容疑者を拘束することなど、どんな国際法や国内法に照らしても違法なはずだ。にもかかわらず、日本を含めた「先進各国」は唯々諾々と米国についていった。ライオンとネズミの喧嘩にもならないこの一方的な殺戮を、米国に同盟国として認めてもらいたいという卑屈な国々が応援するというのである。
電気すらろくにないアフガニスタンの漆黒の夜に、電子機器で誘導されたミサイルが炸裂する。その下にはもちろん、女性もいれば子供もいる。彼らは一体どのような思いでこの理不尽な攻撃を受け止めるのであろうか?

「浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
(盗賊、石川五右衛門、辞世の句)

米国は「米国につくかテロにつくか」と世界に踏み絵を迫った。敢えて問われるのであれば、私は躊躇なく「テロ」に付く。そんな問いをするのであれば、一番悪いのは世界最強国による国家テロである。しかし、真に問うべきは「正義」か「テロ」かではなく、米国に対する底知れぬ憎しみが沸いてくる、その理由である。途方もない金満・飽食、自らは安全地帯にいてTVゲームをするかのように「敵」を殺す自由すらある米国。そして、一方には10億に達する人々が飢餓に苦しむ。一握りの強者達が、絶望的な格差の上に成り立つ「自由」と「平和」をむさぼり続け、地球環境の破壊などものともせずに、さらなる享楽を求め続ける。そのために、あらゆる軍事的、経済的な力を行使するというのであれば、故なく虐げられた人々による抵抗は必ずやまた起きるであろう。
「暴力で平和はえられない」という人々がいて、彼等はもちろん米国の報復戦争に反対する。しかし、その彼等でさえ枕詞のように、今回の攻撃自体は「いかなる理由があっても、決して許されないテロ」だとして非難する。しかし、現在の世界秩序、強者達だけの「平和」こそ、暴力によって維持されている。たしかに、暴力の行使を認めてしまえば、力の強いもの達が常に勝つことになる。リトルビッグホーンでカスター部隊を殲滅したクレイジー・ホースも翌年騎兵隊に捕えられ殺された。そして、彼の抵抗自体が米国にさらなる虐殺の口実を与えることになった。その意味では、弱者による物理力の行使は、それ自体を取り上げれば決して弱者自身のためにならない。それ故、徹底的な非暴力による抵抗を試みることにももちろん意味があるであろう。しかし、連綿と続いた先住民の戦いは、それが絶望的な戦いであったとしても、圧倒的な暴力を行使する白人に対するやむにやまれぬ抵抗であった。それを「テロ」として非難することは当たらない。また、そうした先住民の抵抗によって騎兵隊以外の白人移民が犠牲になったとしても、「罪のない一般市民が殺された」として、その責任を先住民の抵抗に求めるのは誤りだと私は思う。今回の米国に対する攻撃についても、それを犯罪として規定するところからしか始まらない思想や運動には、私は与さない。
 最後になったが、「国際紛争を解決する手段としては、武力の行使を永久に放棄した」はずの国が、早々に米国の武力行使に全面的な支持を与えるなどおよそ言語道断である。米国の腰巾着になって自国の利益を求めるこの国は、それを夜の人工衛星から見ると不夜城のごとく浮かび上がるという金満・飽食の国でもある。そのような国で安閑と生活している私自身も無罪であるとは思えない。かりに私が虐げられた人々の攻撃の標的になったとしても、罪のない市民が殺されたなどとは口が裂けても言いたくない。
                         (2001年10月22日・記)

ーーーーー


gyakuによる小出裕章氏インタビュー (2007年)

2011年5月3日

ねずさんより、2007年にgyakuというメディアに掲載された小出裕章氏のインタビューについて教えていただきました。

ーーーー
管理人さん、お疲れ様です。

「反対側」に焦点をあて、隠されたもの、見えないもの、切り離されたものを映し出していくメディアプロジェクト「逆(gyaku)」によって、2007年秋に行われた小出さんへのインタビュー記事です。

この記事を掲載しているもともとのドメインはすでにネット上から消滅しており、記事のオリジナルありませんが、Webのアーカイブにかろうじて残っていますので紹介します。

アーカイブ(写真あり)
http://replay.web.archive.org/20071024215719/http://gyaku.jp/index.php?cmd=contentview&pid=000272

転載(転載記事には写真はありません)
http://www.asyura2.com/07/genpatu4/msg/391.html
http://www.tokyoprogressive.org/index/P60/index.html
http://www.tokyoprogressive.org/content/%E5%B0%8F%E5%87%BA%E8%A3%95%E7%AB%A0%E6%B0%8F%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC

2007/9/3 小出裕章氏のインタビュー

1966年、最初の原子炉が稼働してから約40年が経った現在、日本には55基の原子炉が存在する。1968年に原子力の世界に入り原子力の実態を知った小出裕章氏は、その歴史の中で一貫して原子力発電の廃絶を訴え続けてきた。gyakuは京都大学原子炉実験所に小出氏を訪ね、お話を聞いた。

原子力の夢と現実
gyaku(以下g):1968年に東北大学の原子核工学科に入学されましたが、高校生のころから原子力の道に進むことを決めていたのですか?

小出(以下K): はい。原子力に命をかけようと思っていました。私は東京で生まれ育ったわけですが、当時東京では原爆展がしょっちゅう開かれていました。その一方で、原子力にも注目が集まっていました。そんな中で私は、原爆のように恐ろしいものはあってはならないし、日本は核の平和利用の先頭に立っていかないと強く思ったんです。私にはその使命があると思っていました。

g: そして1970年には、そのまったく反対の運動に参加します。何があったのですか?

K: 当時は大学闘争の時代でした。私は中学・高校時代から、保守的でまじめな学生で、中・高では皆勤でしたし、大学でも学生服を着て一時間も授業を休まないという感じだったんです。だから、学生運動も、初めのころは「勉強するのを邪魔されている」と思っていたくらいです。それと同じころ、女川に原子力発電所を建設する計画が持ち上がり、地元住民が反対運動を始めたんです。原発に夢を抱いていた私の目には、これはとても不可解なものに映りました。女川で作られる電気のほとんどは仙台市とその周辺で消費されます。それならなぜ仙台に原発を作らないのかと疑問に思い、あれこれ調べてみた結果、原発が危険なものであるからということを知ったのです。そのころの世論は「原子力は安全だ」というもので、私もそう信じてきたのに、現実まるでそうではなかったことに気がついたわけです。そうして、原子力がどのようなものであるかを知り、1970年10月23日、女川原発の反対運動に参加しました。

g: 原子核工学科ですから、当然まわりは原子力を勉強している人達ばかりですよね。その中で反対運動に参加していた他の学生はいましたか?また周囲の反応はどうでしたか?

K: 反対運動の参加者はほとんどいないに等しかったです。私の他には先輩で今も活動を続けている篠原さんという人がいました。周りには気違いのように見られましたし、大学教授とも議論が絶えませんでした。でも、科学的な議論ではいつも私たちが勝っていたんです。

g: それでも、教授たちは原発の安全性を疑問視したり、建設に反対したりはしなかったんですか?

K: 彼らはよく自分たちの負け議論の後にこう言っていました。「俺には養っていかなくてはならない妻や子どもがいるんだ。」そう言って逃げるんです。

g: でも、私たち一般人だけではなくて、国の調査でも、そのような科学者の調査結果や「専門家」の見解を頼るしかないですよね。そうして事業計画が進められていく。例えば、辺野古のヘリポート建設予定地でも、科学的調査の結果に基づいて建設を検討するといっていますけど。

K: 科学というのはいつも社会とつながっていて、科学者の責任は重大なのにもかかわらず、そういう認識をもってやっている科学者はあまりいません。科学とその社会的関連をまったく切り離しているのです。そうやって科学者や大学教授は「科学的領域」に逃げ込んで自分たちの立場を守ろうとします。その社会的インパクトなどまったく無視です。いわゆる「専門ばか」になっていくんです。

g: 原子力分野で反原発の立場を取っていると、学会などとのかかわりも難しくなるのでは?

K: 以前は、原子力学会の会員でした。しかし、副学会長に元関西電力社長が就任したとき、私は脱会しました。学会とは言えども、利益集団のようなものもあるんです。関西電気が供給している電気の60%が福井などの原発で発電されているんですよ。

原発問題は差別問題

g: 小出さんは、「原発問題は差別の問題」とおっしゃっています。

K: 女川の件もそうですが、原発のほとんどが大都市に電力を供給するために周辺の過疎地に建てられています。また、オーストラリアやアメリカなどで原発の燃料であるウランが採掘されている場所でも、多く場合は現地の先住民族が影響を受けているのです。あまり知られていませんが、日本でもウラン鉱山があったんです。岡山県の人形峠というところで1950年代にウラン鉱床が発見されたのですが、結局10年間で85トンしか採掘できませんでした。今ではその地域は汚染土でよごれてしまい、裁判にもなっています。

g: 世界中の様々な場所を見ても、原発産業というのは差別と深く結び付いています。アメリカ、オーストラリア、カナダ…その様な差別を受けている被害者たちが連帯した世界的な動きというのはないのでしょうか?

K: 細いつながりはあると思いますが、ほとんど無いに近いでしょう。いろいろな場所で先住民が安い労働力として使われ、しかも彼らの土地には汚染土がばらまかれています。それでも世界のそいういった被害者の横のつながりはあまり強いものとはいえません。

g: でも現地ではそれぞれの場所で声があがってはいるのですよね。この先、この状況は変わると思いますか?

K: 人間は踏み付けられないと分からない生き物です。そういう状況下に置かれた人びとが増えてきたら変化は可能かもしれません。高知県の東洋町で放射性廃棄物の最終処分場誘致をめぐって討論会が開かれた時には300人以上が集まりました。人口およそ3000人余りの町での300人です。この率を東京の人口に当てはめて計算すれば、物凄い人数ですよね。その人びとの力が集まって、東洋町は処分場建設を撥ね退けたのです。

大きな力につぶされない

g: 小出さんは各地で講演会や討論会などを行ったりと、とても活発に活動されています。その中で、推進派の人物と手紙のやりとりをしているとを聞きましたが。

K: このと始まりは、私がテレビ朝日に出演したことです。私が訴えてきた東海地震震源地上に建っている浜岡原発の危険性をテレビ朝日が番組で取り上げたのです。放送後、テレビ局側にある団体の代表から原発批判をしたことに対する脅しがいったのです。テレビ局は波風を立たせないよう適当にあしらおうとしていたのですが、私は「文句があるのなら私に直接回してください」といいました。というのも、私が一番恐れていたのは、この様なことが原因でマスコミが自主規制してしまうことでした。その後、東京での高速増殖炉もんじゅの公開討論会の後、その人物が私宛に手紙を送ってきたのを機に、手紙のやりとりが始まりました。その全ての一部始終はウェブサイトに掲載しています。

g: 小出さんは、もう40年近く日本から原発をなくそうと活動されてきました。その間に50基以上の原発が建てられました。それでもくじけずに活動を続けられるのはどうしてですか?

K: 私の活動の歴史は敗北の歴史です。それでも私がくじけないでいるのは、さっきお話した女川原発の反対運動で一緒だった篠原さんの存在があるからです。私と篠原さんは今でも反原発運動を続けていますが、それぞれ違う道を選びました。彼は原子力の世界にいることを拒み、教授たちのように「言い訳を言わなくてもいい世界」で生きていこうと、大学院を退学し土方になる道を選びました。しかし、私はそれには賛成できませんでした。ひとたび原子力の世界へ足を踏み入れてしまった者として、科学的知識をもって原発廃絶を訴えるべきだと考えているからです。そうやって私たちは互いの活動を見守ってきたのです。だから、彼が見ている以上、私は途中でやめるわけにはいかないんです。

g: これからの小出さんの展望は?

K: これからも私の立場は変わりません。地球の歴史に比べたら、人間の存在はとても新しいのです。そして、電気の使用が始まったのはほんの産業革命以後、ここ200年ほどのことです。考えを改めなければ、私たちは間違いなく滅亡します。考えを変えるということは、どこまでこの問題について認識できるかということでもあります。原発問題を考えていくと、さまざまな問題が見えてきます。私は原発問題を「反対」ではなく「抵抗」の場だと考えています。それは、先ほども言ったように原発問題は差別問題だから。原発反対派の人びとの中には「脱原発」、要するに原発を必要としないライフスタイルを掲げている人びとが多くいます。それはそれでいいと思います。しかし、私はあくまでも「反原発」で抵抗しているのです。国や大きな組織につぶされないよう、抵抗しなければいけません。世界人口のたった4分の1の人間が地球のエネルギーのほとんどを消費しているということ、そして日本では原発によって誰かが苦しめられているということが見えるようになれば、少しは人びとの判断や行動も変わってくるのではないでしょうか。
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