4月16日 原発学習会(静岡) 小出裕章

生活クラブ生活協同組合・静岡の主催により2011年4月16日午後に静岡市ホテルアソシア静岡で開かれた小出裕章氏による原発学習会の録画が公開されています。

小出裕章氏原発学習会「浜岡原発は大丈夫?」
(主催:生活クラブ生活協同組合・静岡)2011.04.16
http://www.ustream.tv/recorded/14058706

以下、多少冗長になりましたが要約です。

・福島原発事故が進行している関係で今日多くの人が集まっているが、それについては複雑な思い。原子力がどういうものか、今日は伝えたい。資料のタイトルは「何としても止めたい浜岡原子力発電所」とした。

・チェルノブイリ原発で爆発をしたのは、運転を開始して2年しかたっていなかった2号機。当時は安全と言われていた。チェルノブイリは核暴走によって起こった事故で、一週間放射能をまきちらし、その間は手をつけられなかった。短時間に作業員が31人亡くなった。その後、まきちらした放射性物質を撤去する作業が続いた。壊れた炉心の一部を人がスコップで運ぶような作業もあり、多くの人が被曝した。

・福島でも同じように大量の被曝をしながらの作業が続いている。これ以上の破壊がないよう祈っている。私は40年間東京電力の敵で、ずっとけんかをしてきたが、今はエールを送る。なんとか食い止めなければいけない。

・チェルノブイリでは作業に使われたヘリや車両が大量に汚染され、廃棄された。周辺の大地も本来豊かな場所だったが汚染された。福島でもそうなるだろう。事故発生時、ソ連政府は隠そうとしたが無理と判断し、30kmの範囲の住民に避難指示を出した。「ちょっとした異常が起きたから3日分の荷物をもって避難せよ」として、バスで連れだした。結果、人の生活の場であった多くの村が打ち捨てられた。

・チェルノブイリ事故の当時は地球被曝と言われるほど汚染は広がった。原発から30kmの範囲の外にも、猛烈に汚染された地域があるが、これは雨で放射能が落ちてきた場所で、300km離れた場所にも広がった。40万人が強制移住させられた。

・日本の法律では年間1ミリシーベルトを超える場所は放射線管理区域に指定される。そこでは寝ることも食べることもできないし、こどもはもちろん入れない。チェルノブイリ事故では、これに該当するエリアは700kmのところまで広がった。面積で言うと、本州の約6割の広さ。このチェルノブイリ周辺地域に現在565万人が住んでいて、生活を営んでいる。避難してほしいと思うが、住んでいる。

・3日間分の荷物をもって避難しろと言われたら何を持っていくか。どうしても残していけないものが誰にでもある。福島の周辺20kmは避難地域になっているが、避難するというのは生活が崩壊するということ。浜岡原発から静岡まで50kmくらいしかない。事故が起これば風向き次第では180kmしか離れていない東京も汚染される。

・京大原子炉実験所がある大阪の熊取はチェルノブイリから8,100km離れている。事故の当時、まさかここまでは放射能は飛んでこないだろうとマスコミの取材に対して言った。実際に測定してみると、4月26日の事故のあと、5月3日になって通常の万倍のセシウム137が検出され、仰天した。一度レベルは下がったが数日経つと地球を一周してまた濃度が上がった。

・人間の身体の仕組みを言うと、受精の後、細胞は分裂を繰り返して遺伝情報を複製する。大人の身体には60兆の細胞があり、そのそれぞれが同じ遺伝情報を持っている。細胞分裂による遺伝情報の複製と伝達が、生命を支えている。DNA分子の幅は2ナノメートル(10億分の2)で、長さは合計で1.8メートル。もし0.2mmの幅だとしたら、長さは180kmになる。このようなものが自己を複製している。私は無神論者だが、生命はとてつもなく神秘的な精密なことをしている。

・99年の東海村のJCOの臨界事故のときに大内さんと篠原さんが大量の被曝をして命を落とした。事故直後に運ばれた国立水戸病院は治療を拒否し、千葉にある被曝医療専門の放射能医学総合研究所も「助けられない」として拒否した。その後東大病院に担ぎ込まれた。その時点では大内さんの手や腕は赤く腫れていた程度だった。

・大内さんは中性子線の被曝をしたが、中性子線は透過力が強く、皮膚表面だけでなく内側の組織も被曝していて再生ができなくなった。被曝一ヶ月後には皮膚がぼろぼろになった。腕だけでなく身体全体が被曝していたため、大量の輸血をして大量の痛み止めを投与された。結局亡くなったが、その記録は新潮文庫で『朽ちていった命』として出版されている。

・2グレイ(ほぼ2シーベルト)の被曝をすると死ぬ人が出始める。4グレイで半分が死亡する。8グレイでほぼ100%が死亡する。4グレイというエネルギーは体温が1000分の1度だけ上がるエネルギー。たったそれだけのエネルギーで人が死んでしまう。大内さんは18グレイ、篠原さんは10グレイの被曝だった。

・なぜ体温がそれだけしか上がらないような小さなエネルギーで人が死んでしまうのか。小さいといっても、分子結合のエネルギー(数eV=エレクトロンボルト)と比較すると、X線のエネルギーは〜10万eVという巨大さ。セシウム137のガンマ線は66.1万ev。プルトニウム239のアルファ線は510万ev。

・被曝は大量でなければ安全なのかというと、そんなことはない。枝野さんは「ただちに影響はない」と言っているが、それは急性の障害が出ないと言っているにすぎない。BEIR-VIIの2005年の報告では「利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない」とされた。つまりどんな微量な被曝であっても危険なのであり、これ以下なら安心という基準はない。

・原子力発電がやっているのはお湯を沸かすということだけ。火力発電では石油、石炭、天然ガスを燃やして水を温め、蒸気でタービンを回して電気をつくる。原子力発電も圧力容器という圧力鍋の中でウランを核分裂させ水を沸騰させてタービンを回している。200年前に発明された蒸気機関の技術そのもの。

・なぜ原子炉が特別に危険なのかというと、核分裂生成物(いわゆる死の灰)ができてしまうから。JCO事故で核分裂したウランの量は1ミリグラム(1000分の1グラム)。灯油に換算すると2リッター分のエネルギーが出る。たった1ミリグラムでも、JCOのときは500メートル離れた場所で許容基準を超える被曝が起こった。

・広島の原爆はその80万倍の800gのウラン。標準的な100万kWの原発は1年で1トンのウランを使う。

・原子力推進派は、この危険な原子力をすすめるために、まず電力会社を破局的事故から免責した。電力会社の賠償限度額はアメリカでは約1兆円だが、日本は原子力損害賠償法で1200億円とされている。このような法律を作って電力会社のリスクを減らし、原子力を推進させた。さらに「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱災」の場合は免責され、電力会社の負担はない。

・そして原子力推進派は原子炉立地審査指針をつくり、原発を都会に作らないことにした。電気を沢山使う都会が過疎地に原発を押し付けることになった。

・世界の地震地帯と原発の立地点を地図であわせて見ると、地震地帯に原発をたくさん建てているのは日本だけ。原発を始めたヨーロッパやアメリカでは基本的に地震のないところに原発を作っている。

・鴨長明の『方丈記』ではすべてのものが移り変わっていくことが書かれている。その中で5つの厄災について示されている。一つが人災(清盛による福原遷都とその失敗)で、残り4つが天災(火=安元の大火、風=治承の旋風、水=養和の飢饉、地=1185年の大地震)。

・アメリカでの大地震とその被害に関連し、日本の耐震設計の専門家(片山恒雄東大教授)は1994年の暮れに、日本は地震に関する知識レベルが高いため日本の構造物はその程度の地震では壊れないと言ったが、直後の1995年1月の地震で神戸の街は崩壊した。彼は「想定外」と言った。

・浜岡原発の周辺地域は地震の巣。プレートの境界になっている。歴史的に巨大地震が起きてきた。明応地震、慶長地震、宝永地震、安政南海地震、東南海地震、南海地震など。100〜150年の周期で必ず巨大地震が起きてきた。最後の地震からいままで150年間発生していないため、次がいつ起きても不思議でないが、東海地震の予想震源域のど真ん中に浜岡原発がある。

・マグニチュード6の地震のエネルギーは広島原爆がひとつ爆発するくらいのエネルギー。阪神淡路のエネルギーは82発分。先日の東北の大地震はマグニチュード9で原爆3万発分。地球の回転軸が歪んで1日の長さが変わるくらいのエネルギーだった。東海地震はマグニチュード8から9になると言われている。

・浜岡原発は1号機、2号機は既に運転を停止しているが、使用済み燃料プールに燃料が入っていて、福島と同じように運転中でなくても危険。3号機は停止中で、4号機と5号機は運転中。

・今回の福島原発の事故を見て、電気が足りる足りないには関係なくこんな危険な装置はやめるべきだと皆が考えるだろうと思ったが、実際には福島の事故の後でもそうなっていない。

・福島第一原発の周辺では半径30kmの範囲に避難指示または自主避難の指示が出されている。自主避難とはとんでもない話。それ以上離れている飯舘村でも、住めないようなレベルの放射線が検出されている。

・悲劇を避ける道はただ一つ、原子力そのものを廃絶すること。日本の原発をいま全廃したとしても、真夏のピーク時でも電力不足にならない。本来は足りる足らないに関係なく止めないといけないが。

・現在の学問による知識を総合的に考えると、放射線の被曝は線量がいくら低くても何らかの影響は現れる。原子力推進派も認めている。容認できる範囲というものが定められているが、果たして容認すべきなのか?

・放射線ガン死には年齢依存性がある。細胞分裂は若いほど活発。若いときに遺伝子が傷を受けるとそれが複製されるため異常が起きやすい。人間で言うと、30歳を平均とすると、50歳では影響の受けやすさは100分の1くらいになる。が、乳児やこどもにはたいへんな危険。

・福島はすでに汚染されている。私は汚染された福島の農産物は食べるべきと思う。原子力を止めることができなかった責任、許してきた責任を持つ大人、年寄りが食べるべき。放射線の感受性が鈍い年齢の人はそうすべき。ただし原子力に責任を持たないこどもには絶対に食べさせたくない。

・自分に加えられる危険を容認できるか、あるいは、罪のない人々にいわれのない危害を加えることを見過ごすかは、誰かに決めてもらうのではなく、一人ひとりが決めるべきこと。

質疑応答

・(代替エネルギーを提案するのは現実的か?)日本の発電設備の能力と実績を考えると、そもそも代替エネルギーは考えなくていい。原発は一度動かし始めると止めるのが大変なため稼働率が高い。火力発電所は稼働率は低く、能力が余っている。原発がなくても賄える。それに対し、電力会社はそれはピーク電力を考慮していないと反論するが、最大需要電力量(真夏の昼の数時間)でさえも、水力と火力で基本的に足りる。原子力を止めようというと、代わりをどうするのかと脅されるが、代替の必要はない。火力を続けるとしたら有限な石油、石炭、天然ガスが途絶えたらどうするかとも言われるが、そもそもウランの量はもっと少ない。

・(福島原発事故が最近レベル7になった。放出量が減りつつあると言いつつレベルを上げた。これについては?)馬鹿馬鹿しすぎてコメントしたくない話。最初からレベル6以上と思っていた。3月15日頃には政府はレベル7と考えていたという報道があったが、私もその頃には7と思っていた。日本の政府は巨大な事故が起きたと言いたくないというのがデータを公表する際の基本姿勢。3月18日にレベル5と言ったまま口をつぐんだ。今さら7にするというのはあまりに不誠実。レベル7にもいろいろあって福島はチェルノブイリほどひどくないと政府は言っているが、チェルノブイリは終息したが福島はいま進行中。一番いいシナリオでも今後何ヶ月も作業が続く。もっと悪いシナリオは、1〜3号機のどこかで水蒸気爆発が起こるというもの。それが起きればチェルノブイリ以上の放出。それが起こらないことを願うが、起こらないとは断言できない状況である。情報を注意して見ていてほしい。

・(原発が多く建てられ続いているのは止められなかった私たちの責任と考えるが、推進派の利権の構造を教えてほしい)原発を続けている一番簡単な理由は、電力会社にとって原発が最も儲かるから。電気料金は市場価値で決まるのではなく電気事業法という法律で決まる。必要経費と利潤で料金が計算されるが、利潤部分は電力会社の資産の一定パーセントということで算出されるため、価格の高い原子力発電設備をもっている方が儲かるという仕組み。次の理由は、戦後米国が日本の原子力技術を潰して米国の技術(WHの加圧水型とGEの沸騰水型)が日本に導入されたが、90年代まで三菱、日立、東芝が巨額の費用をかけてその技術で原子炉を作り続けたため、止めるわけにはいかなかったというもの。日本だけでなく現在はアジアに輸出しようとしている。そうした構造があるために今日まで止めることができなかった。

・(農地が汚染されているが再生することは可能か?)できない。福島を最も汚しているヨウ素131の半減期は8日。一か月たてばヨウ素131の汚染は10分の1になる。問題は他の核種。セシウム134の半減期は2年。セシウム137の半減期は30年。30年農地を放棄していたらその農地は多分再生できない。表土をはぎとればいいと言うが、表土が一番豊かな部分。浜岡で事故が起これば牧之原のお茶は全滅してしまう。浜岡の原発は即刻止める必要がある。

・(福島からの放出に関連して風向きを気にして生活しているが、いまどのくらいのものが飛んできているか?)静岡のデータは持っていないが、汚染は風向き次第。今回の事故の後に東京で測定したが、チェルノブイリの汚染地域の100倍を超えるような放射能も実際に飛んできている。静岡にももちろん届いているし、沖縄にも来ているし、地球上のどこにも飛んでいっている。

・(浜岡を止めてほしいという思いでいろいろ活動しているが、どうしたら原発を止めることができるか?)私は分からない。分かっていれば私がやった。40年間がんばってきたが止められなかった。でも絶望はしていない。40年前に私が活動を始めたときは、言葉は悪いがキチガイ扱いされた。なんとか止めたいとここまでやってきた。今日は沢山集まっているが、それは福島事故が起こったから。でもそれ以前も少しずつ関心を持っている人が増えてきていた。続けたい。今回の事故に接し、言葉で言えないくらい悔しい。みなさんも一人ひとりの知恵を出しあって個性を生かして出来ることを考えてほしい。それが私の希望。

・(福島原発から33kmのところにある福島県の田村市から避難してきたが、残してきた荷物を取りに行っていいか?)汚染は風に乗って流れるため、円形にはならない。避難地域内では汚染された遺体が放置されている。家の荷物を持ち出すのはもちろんだが、どんなに汚染されていても遺体も必ず持ち出して弔うべきだと思う。どうしても持ち出したいものがあれば、どんな汚染があっても持ち出すべき。ただ被曝は危険を伴うので、どうしてもではないものは諦めたほうがいい。

また、翌17日の毎日新聞の地方版にて、この学習会のことが以下のように報道されています。転載させていただきます。

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浜岡原発:小出・京大助教「止めるべし」 静岡で講演 /静岡
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20110417ddlk22040146000c.html

生活クラブ生活協同組合(沼津市)は16日、東京電力福島第1原発(福島県双葉町、大熊町)の事故や中部電力浜岡原発(御前崎市)の状況を学ぶ集会を静岡市葵区内で開いた。京都大原子炉実験所の小出裕章助教が講演し、約500人の組合員らが参加した。想定される東海地震の震源域にある浜岡原発の危険を指摘してきた小出助教は「悲劇を避ける道は原子炉を止めることだ」と訴えた。

 小出助教は「浜岡原発がなくても火力発電でまかなえる」と指摘したうえで、「原子力を許してしまった大人に(今回の事故の)責任がある。福島で汚染された野菜を子供は食べてはいけないが、大人が食べて農家を支えないといけない」と呼びかけた。【竹地広憲】
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