米国の「正義」は強者の傲慢 小出裕章

2011年5月1日、米国のオバマ大統領は、アメリカが主導する作戦によりオサマ・ビンラディン氏を殺害したと発表しました。米国政府はビンラディン氏を2001年9月11日同時多発テロ事件の首謀者であるとしています。

これに関連し、9・11同時多発テロ事件の後に小出裕章氏が発表した文章があることを知りましたので、転載します。

米国の「正義」は強者の傲慢

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暴力が支える「自由と民主主義」
 私が子供の頃、日本にTVが入ってきた。そのころは西部劇全盛の時代であった。苦労して荒れ地の開拓に汗を流す白人住民を野蛮なインディアンが襲い、それを勇敢な騎兵隊がやっつけるというのがそうした番組の定番であった。どうやら現代の米国人もいまなお自分たちだけは何をしても正義だと思っているようである。
 1492年コロンブスが「新大陸を発見した」時、アメリカ大陸には人が住んでいた。彼らはすでに2万年前、洪積世後期のウィスコンシン氷河期にベーリング陸橋をわたってアジアから移り住んだモンゴロイドである。その先住民達にとって、その後の500年は過酷な歴史であった。1992年、一方では「新大陸発見500年祭」が行われたが、一方では「先住民、黒人、民衆の抵抗の500年キャンペーン」が取り組まれた。
 1776年米国が独立宣言をした時は、星条旗の13本の横縞が示しているように、米国はまだ東部13州であった。その時までにも、先住民は移民してきた白人達によって散々な虐殺にあっていたため、移民達と戦っていた。しかし、米国独立後、先住民がたどる運命はますます過酷なものとなった。合州国政府は1830年に「インディアン強制移住法」を制定し、ミシシッピ川以東に住んでいた先住民を西部に追いやった。10万人の先住民が<涙の旅路>と呼ばれる過酷で長い旅をたどってミシシッピ川以西に強制移住させられ、抵抗したセミノール族は殺された。その後も、先住民達は絶望的な抵抗を続けるが、白人の圧倒的な武力の前に西へ西へと追いやられた。
1840年代にはいると、米国の急速な領土の膨張によって、西部に住んでいた先住民の諸部族も合州国軍の攻撃にさらされた。サウスダコタ西部に位置するブラックヒルズは、グレートプレーンズから900mの比高でそびえ、山地を松の森林が覆っているため、先住民がそう呼んだ聖地であった。ワイオミングはブラックヒルズの西に広がる州だが、そのワイオミングにも白人が侵入し、先住民と衝突した。その結果、1868年になって、ミシシッピ川最大の支流で最西端を流れるミズーリ川以西の地は永久にスー族の保留地であるとの「ララミー協定」が結ばれた。しかし、1874年にカスター将軍がブラックヒルズで金鉱を発見するや、多数の白人が侵入して無法地帯となった。聖地の冒涜に耐えかねたスー族はついに第2次スー族戦争に立ち上がった。カスターは第7騎兵隊のインディアン討伐隊を率いて出撃、76年6月リトルビッグホーン川で遭遇したスー族の部隊を攻撃した。その時スー族を率いていたのはクレージー・ホースとシッティング・ブル両酋長であり、多大の犠牲を払わされながらもついに騎兵隊を全滅させた。後年、ジェロニモ率いるアパッチ族が騎兵隊を悩ませはしたが、それでもこのリトルビッグホーンの戦いは先住民にとっての哀しくも最後の栄光であった。米国はこの戦いを口実にさらなる虐殺を繰り返し、1887年に「一般土地割り当て法(ドーズ法)」を制定して巧妙に先住民から土地を奪う一方、1890年にはウーンデッドニークリークの大虐殺を起こした。

選び抜かれた標的
 現代は米国による一極支配の世界である。自らの価値観にあわない国に対しては、直接的な武力行使で崩壊させる、あるいは経済制裁という手段を使って圧力をかけてきた。また、イスラエルがパレスチナに対して武力を背景とした移民を繰り返していることに対しても、軍事的、経済的な協力をしながらそれを支えてきた。何のことはない、暴力によって土地を取り上げ、そこに国を作るというやり方は、米国自身が歩んできた道である。ところが、彼らは米国こそ「自由と正義」の国であり、「平和」を愛する国なのだという。
 多くの人は今回のニューヨークとワシントンに対する攻撃を「テロ」と呼んで忌み嫌う。私にとっても今回の攻撃は衝撃的であった。しかし、今回の攻撃の標的は大変的確に選ばれていた。すなわち、米国が世界を支配するために使ってきた2つの道具、力=軍事力(国防総省)と金=経済(国際貿易センター)の象徴である。(想像でいうことは意味がないが、国際貿易センターに突入した人たちも自らの行為を象徴的なものと考えていたはずで、あのようにビル自身が倒壊し、多数の人々が犠牲になるとは思っていなかったと私は思う。)残念なことは、ホワイトハウスへの攻撃が失敗したことだし、自らの命を捨てても米国の横暴に一矢を報いたいと思う人々の行為を私は非難したくない。

一寸の虫にも五分の魂
 アフガニスタンは大国の狭間で長く苦しい歴史を背負い、現在世界の最貧国である。1980年代以降は、米国が中央アジアでの石油と天然ガスの利権を狙って、ロシアと闘うタリバーンに肩入れした。貧しいアフガニスタンは世界のアヘンの4分の3を生産し、米国CIAがそれを武器に換えて戦闘に介入した。その戦いで国土は荒廃し、アフガニスタンはますます貧しくなり、2100万の人口のうち多い時は600万人以上が難民であった。食料も医薬品も乏しく、統計データすら満足に得られない国であり、軍事費も米国の1000分の1にも満たない。そのアフガニスタンに対して、米国は証拠を示さないまま容疑者と称する人(オサマ・ビンラディン氏)の引き渡しを求めた。アフガニスタンにとっては、容疑者と称された人は客人であったため、客人を引き渡せというなら証拠を示せとごく当たり前の要求をし、そのための交渉に応じるとまでいっていた。ところが、米国は問答無用、言うことを聞かなければ武力で攻撃すると脅したのであった。証拠のないまま容疑者を拘束することなど、どんな国際法や国内法に照らしても違法なはずだ。にもかかわらず、日本を含めた「先進各国」は唯々諾々と米国についていった。ライオンとネズミの喧嘩にもならないこの一方的な殺戮を、米国に同盟国として認めてもらいたいという卑屈な国々が応援するというのである。
電気すらろくにないアフガニスタンの漆黒の夜に、電子機器で誘導されたミサイルが炸裂する。その下にはもちろん、女性もいれば子供もいる。彼らは一体どのような思いでこの理不尽な攻撃を受け止めるのであろうか?

「浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
(盗賊、石川五右衛門、辞世の句)

米国は「米国につくかテロにつくか」と世界に踏み絵を迫った。敢えて問われるのであれば、私は躊躇なく「テロ」に付く。そんな問いをするのであれば、一番悪いのは世界最強国による国家テロである。しかし、真に問うべきは「正義」か「テロ」かではなく、米国に対する底知れぬ憎しみが沸いてくる、その理由である。途方もない金満・飽食、自らは安全地帯にいてTVゲームをするかのように「敵」を殺す自由すらある米国。そして、一方には10億に達する人々が飢餓に苦しむ。一握りの強者達が、絶望的な格差の上に成り立つ「自由」と「平和」をむさぼり続け、地球環境の破壊などものともせずに、さらなる享楽を求め続ける。そのために、あらゆる軍事的、経済的な力を行使するというのであれば、故なく虐げられた人々による抵抗は必ずやまた起きるであろう。
「暴力で平和はえられない」という人々がいて、彼等はもちろん米国の報復戦争に反対する。しかし、その彼等でさえ枕詞のように、今回の攻撃自体は「いかなる理由があっても、決して許されないテロ」だとして非難する。しかし、現在の世界秩序、強者達だけの「平和」こそ、暴力によって維持されている。たしかに、暴力の行使を認めてしまえば、力の強いもの達が常に勝つことになる。リトルビッグホーンでカスター部隊を殲滅したクレイジー・ホースも翌年騎兵隊に捕えられ殺された。そして、彼の抵抗自体が米国にさらなる虐殺の口実を与えることになった。その意味では、弱者による物理力の行使は、それ自体を取り上げれば決して弱者自身のためにならない。それ故、徹底的な非暴力による抵抗を試みることにももちろん意味があるであろう。しかし、連綿と続いた先住民の戦いは、それが絶望的な戦いであったとしても、圧倒的な暴力を行使する白人に対するやむにやまれぬ抵抗であった。それを「テロ」として非難することは当たらない。また、そうした先住民の抵抗によって騎兵隊以外の白人移民が犠牲になったとしても、「罪のない一般市民が殺された」として、その責任を先住民の抵抗に求めるのは誤りだと私は思う。今回の米国に対する攻撃についても、それを犯罪として規定するところからしか始まらない思想や運動には、私は与さない。
 最後になったが、「国際紛争を解決する手段としては、武力の行使を永久に放棄した」はずの国が、早々に米国の武力行使に全面的な支持を与えるなどおよそ言語道断である。米国の腰巾着になって自国の利益を求めるこの国は、それを夜の人工衛星から見ると不夜城のごとく浮かび上がるという金満・飽食の国でもある。そのような国で安閑と生活している私自身も無罪であるとは思えない。かりに私が虐げられた人々の攻撃の標的になったとしても、罪のない市民が殺されたなどとは口が裂けても言いたくない。
                         (2001年10月22日・記)

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