1.やさしさって何?福一原発事故の悲惨さを再認識!/2012年11月18日 小出裕章さん講演会 in 鈴鹿国際大学(文字起こし)

1.やさしさって何?福一原発事故の悲惨さを再認識!

2012年11月18日に鈴鹿国際大学で開催された「小出裕章さん講演会」の動画がYouTubeに掲載されていますが、2時間22分という長時間の動画ですので、全編視聴できない方のために、4つの記事に分けて文字起こし致しました。1件目は「やさしさって何? 福一原発事故の悲惨さを再認識!」です。

▼文字起こしは以下。

20130103a5
みなさん、こんにちは。

今日はたくさんの方にお出でいただきありがとうございます。
え〜、私よりも、歳を召された方、それも結構私よりも歳を召された方もたくさんいらっしゃるし、若い人たちも参加してくださっていて、実行委員長も若い、方ということで、幅広い皆さんのご参加で、うれしいです。
ありがとうございます。

え〜、実行委員会の方々もこれまでたいへんだったと思いますけれど、ありがとうございました。

みなさん、こんにちは。
今日、私は、ここに出ていますように、原発の真実とウソということで、原子力というものが何なのかということを、皆さんにお伝えしたいと思います。
ただ副題に、「優しく生きることと原子力」という、副題が付いていまして、この副題は主催者の方が付けてくださった、副題です。

レイモンド・チャンドラー
え〜なぜかというと、え〜、福島の事故が起きてから、私はときどき、え〜、レイモンド・チャンドラーという、米国の作家の、言葉を皆さんに聞いてもらう機会が、ありました。
で、ふと先ほどそこで座っていて気が付いたんですけれども、この作家の言葉を初めて講演会の場所で使ったのは、何年か前の、三重県のやはり津の集会であったんではないか、というように思い出しました。

え〜、チャンドラーも皆さんご存知かもしれませんが、米国のハードボイルド作家、所謂探偵小説、で有名な作家です。
え〜、そのチャンドラーが、遺作でプレイバックという作品を書いているのですが、そのプレイバックの中に、今ここに英語の原文で書いたような、せりふがあります。
え、主人公が、中でポロリと喋る言葉、なんですけれども、え〜、この言葉を私が訳してみたら、たぶんこういう意味だと思うようになりました。

「強くなければ、生きられない。優しくなれないなら、生きる価値がない。」

私は今ここでこう立って、皆さんにお話を聞いていただいている、私は生きている、わけですから、それなりにまあ、強く、ここまで生き延びる強さがあったんだと思いますし、皆さんだって今ここで話を聞いてくださっているので、生きるということに関して、力があった皆さんだと思います。
でも、チャンドラーは、「優しくなれないなら、生きる価値がない。」と言っています。

生きる価値って何だろう、優しいって何なんだろう、特に最近、そのことを考えるようになりました。
そして、私はずっと原子力の場で生きてきた人間ですので、優しく生きるということと、原子力がどんな風に関係しているかということとは、私にとって大切な問題になりました。

では、その私がずっと関わってきた原子力というのは、何をやっているのかと、言えば、単にお湯を沸かしているという、そういう機械です。
もともと、人間というのは、猿かゴリラのような生きものが、あるときに、直立して歩けるようになって、原始人というような、呼ばれる人になった、元々はそして自然に溶け込むように生きていた筈なのですけれども、あるときから猛烈にエネルギーを使うように、なりました。

じゃあいつからなのかというと、今から遡れば200年前、です。
人類は400万年この地球に生きているんですけれども、猛烈なエネルギーを使い始めたのは、200年前です。
何が起きたかと言えば、産業革命という出来事が起きて、ジェームズ・ワットと呼ばれる人たちが、水を沸騰させて蒸気を吹き出させることが出来れば、その蒸気の力で機械が動くと、いうことを見つけました。
それまでは、人間は家畜を使って、農耕などをやっていましたし、特別に贅沢をしたい人たちは奴隷を使って、自分だけ享楽的な生活をすると、いうことをしていたわけですが、産業革命が起きてからは、とにかく、水を沸騰させることが出来れば、さまざまな仕事が出来る、ということになって、エネルギーを膨大に使うように、なりました。

今日、今、私はこうやって電気を使って、皆さんに話を聞いていただいているわけですけれでも、え〜、電気を起こす、つまり発電するということも、結局、お湯を沸かすということをやっています。

発電所の模式図
左の下に火力発電所の模式図を書きました。

パイプの中に水を流します。
パイプの外側から、石油、石炭、天然ガスを燃やして、暖めます。
水が沸騰して蒸気になって吹き出してきて、タービンという羽車を回転させて、それに繋がっている発電機で電気を起こすと、これが原理です。
要するにお湯を沸かすと、いうことをやっています。

原子力も同じ、です。
左の上に書きました。
真ん中に繭のようなものを立てて書いてありますが、これが原子炉圧力容器と、私たちが呼ぶ鋼鉄製の圧力釜、です。
その中に水が張ってありまして、中にウランが浸けてあります。
そのウランを核分裂させますと、エネルギーが出てきて水が沸騰する、蒸気が吹き出してきて、タービンを回して、発電する、これだけ、です。
単にお湯を沸かすための道具だと、だけのことなんです。

でも、この原子力発電所だけは、都会に建てることが、出来ませんでした。
なぜかと言えば、非常に単純なことで、ここで燃やしている燃料がウランだからです。
ウランを燃やしてしまえば、核分裂生成物、所謂私たちが「死の灰」と呼ぶものが、出来てしまう、それが途方もなく危険なものだから、都会には建てることが出来ないと、いうことになりました。
それも、半端な量じゃありません。
とてつもなく膨大な量の死の灰が、出来てしまいます。

核分裂生成物の量
今、私はここに小ちゃな四角を描きました。

遠くの方は見えないかもしれませんが、この四角は、広島の原爆が炸裂したときに、大気中に巻き散らされた、核分裂生成物の量です。
燃えたウランが800グラムだったし、巻き散らされた核分裂生成物も800グラム、でした。

そして、この広島の原爆というものが猛烈なエネルギーを出して、一瞬のうちのうちに、一瞬のうちに広島の街を壊滅させてしまった、ということを見て、人間は、このエネルギーを平和的に使えば、きっと役に立つのではないかと考えるようになりました。
かくいう私もそうです。
原爆というのは、たいへん悲惨な兵器だと、そんなものは二度と使わせてはいけないけれども、でも、原爆が生み出したエネルギーを、平和のために使うならきっと人類の役に立つと、私も思い込んでしまいました。

そして原子力の場に足を踏み込んだのですが、では、原子力発電というものをやろうとすると、いったいどれだけのウランが要るのかというと、これだけです。
今日では、100万キロワットと呼ばれる原子力発電所が標準になりましたが、その原子力発電所1基を1年運転させるためには、1トンのウランを燃やさなければいけません。
広島の原爆で燃やしたウランを、猶に1000発分を越えるようなウランを燃やさなければ、原子力発電というものは動かないという、そういう機械だった、のです。

え〜、あとでもう一度聞いていただくことになるかもしれませんが、地球上にあるウラン資源は、そんなに多くありません。
そして、原子力発電をやるために1基毎にこんなにウランが必要なら、地球上のウランなんてすぐ無くなってしまうと、気が付きました。
元々私なんかは、化石燃料が無くなったら次は原子力だと思い込んだわけですが、まったくの間違い、でした。
化石燃料が無くなる前に、とうの昔にもう原子力の燃料であるウランは、無くなってしまう、というのが真実でした。

そして、資源が無くなってしまうということのほかに、この図はもちろんもう一つ重要なことを示していて、1トンのウランを燃やすということは、1トンの核分裂生成物を作るということですから、広島原爆が巻き散らした死の灰の、猶に1000発分を越える死の灰を、原子力発電所というものは1年毎に作り出して、原子炉の中に溜め込んで行くという、そういう機械ということを示してくれています。

こんなものが環境に出てきたら、大変なことになる、というのは、前から分かっていたわけです。
なんとかそんな事故が起きる前に、原子力発電所を廃絶したいと、私は思いながらきましたけれども、残念ながら私の願いは届かずに、去年の3月11日に、事故が起きて、しまいました。

東京電力福島第一原子力発電所
この写真です。
皆さん、もう、何度もこの写真、ご覧になったと思いますけれど、福島第一原子力発電所、です。
真ん中に、上から下に、まっすぐに建物が並んでいますが、これがタービン建屋、です。
この中に、タービンと発電機が並んでいます。
原子炉そのものは、その左隣に並んで、います。

一番上が、1号機、です。
原子炉建屋の最上階で爆発が起きまして、建屋が吹き飛んでしまって、骨組みだけになっています。

その手前にあるのが、2号機、です。
まだ建屋がちゃんと形があるように、見えています。
あ〜、この原子炉は壊れなかったんだと、皆さんが思うと、ちょっと違いまして、この2号機こそが、内部では最大の破壊を受けていて、環境に放射性物質を巻き散らした主犯人はコイツだと、日本の政府も、東京電力も言っている、います。

その一つ手前が、3号機です。
やはり原子炉建屋で爆発が起きて、骨組みだけになってしまいましたし、その骨組みすらが形を止めないように崩れ落ちてしまう、という猛烈な爆発であった、ここでは怒りました。

もう一つ手前が、4号機、です。
やはり原子炉建屋の最上階で爆発が起きて、骨組みだけになってしまっていますし、え〜、今日この話をゆっくり皆さんにお伝えすることができないのですが、この4号機の場合には、最上階が吹き飛んだだけではなく、更にその下の階の壁が吹き飛んで穴が開いてしまっている、という特殊な壊れ方をしています。
そして、この最上階の更に下の階の抜けた壁のこの隣の位置に、使用済み燃料プールというプールが埋め込まれていまして、そのプールの底には、広島原爆が巻き散らした死の灰の、5000発を越える死の灰が、未だにプールの底に残ったままという状態になっています。
見ていただいて分かると思いますけれども、要するに何にもない、只々むき出しの状態で、プールがそこにあって、その底に広島原爆5000発分もの死の灰が、ここに今あると。
もしこの壁が崩れ落ちたら、手の施しようがないというような危機を抱えながら、事故は未だに進行中、なのです。

では、この事故で、いったいどれだけの放射性物質が、今までに出てきたのか、今聞いていただいた4号機の使用済み燃料プールの話なんかまったく別にして、これまでどれだけの核分裂生成物が出てきたかということを見ていただこうと思います。

見ていただくのは、IAEAという国際的な原子力推進団体に対して、日本国政府が出した報告書に書かれた値、です。
そして、核分裂生成物の中で、一番危険な放射性物質、核分裂生成物がおよそ200種類に及ぶ放射性物質の集合体ですけれども、一番危険なものは私はセシウム137だと思っているのですが、それを尺度にして、どれだけ出てきたかを、見ていただこうと思います。

セシウム137の量
まず、左の下に描いたこれが広島の原爆が炸裂したときに、大気中にバラ撒いたセシウム137の量です。

数字で言うと、8.9×10の13乗ベクレルということになるのですが、私も全然数字でピンと来ませんし、皆さんもきっと数字はピンと来ないと思いますので、この四角の大きさだけ、広島の原爆がバラ撒いたと思ってください。

では、福島第一原子力発電所の事故で、どれだけセシウム137が大気中にバラ撒かれたと日本の政府が言っているかというと、こうです。
まず1号機だけで、広島原爆がバラ撒いたものの6発分から7発分らしいです。

何と言っても酷いのは、2号機だと。
こんなに2号機がバラ撒いた。

で、骨組みすらが崩れ落ちてしまった3号機も、やはり、それなりにバラ撒いて、この3つの原子炉は、合わせると、広島原爆がバラ撒いたセシウム137の168発分を、既に、環境に、大気中にバラ撒いたと、日本国政府が言っています。

しかし、私はこの値は、確実に過小評価だと思います。
なぜかと言えば、今回の事故を引き起こした直接的な責任は、もちろん東京電力にあります。
しかし、その東京電力に、お前のとこの原子炉は安全だと、言って、お墨付きを与えたのは日本の政府なのです。
猛烈に重たい責任があると思いますし、単に責任なんていう言葉では甘すぎると私は思います。
犯罪と呼ばなければいけないようなことを、政府もやってきたと思います。
犯罪者が自分の罪を重く申告する道理はありません。
この数字も、日本国政府が、なるべく自分の罪を軽くしたいと思いながら、はじき出した数字、なのです。

たぶんこれの2倍から3倍の量を、大気中に吹き出したと、私は思っています。
そして、同じぐらいの量を、大気中ではなくて、海にも既に、流してしまった、のです。
つまり、広島原爆が環境に巻き散らした死の灰の何百発、あるいは1000発というような放射能が、既に去年の事故によって、出てきてしまったということになります。

東日本の汚染
それによってどんな汚染が生じたかというのを、やはり、日本の政府が地図にして示してくれました。
これです。

福島第一原子力発電所は、この位置にあります。
遠くの方は見えにくいかもしれませんが、原子力発電所を中心に、点線の円が二つ描いてあります。
内側が20キロ、外側が30キロ、です。

20キロの範囲というのは、政府が、住民に対して避難の指示を出しました。
バスを差し向けて、住民をバスに乗せて、避難所に運ぶと、いうことをやったのが、一番内側の20キロの範囲です。

30キロの範囲は、住民に対して自主避難しろと、指示を出しました。
しかし、このときは、地震が起きて、道路が寸断されてしまっている、送電線もひっくり返って、電気すら無い、お店も閉まっている、ガソリンスタンドだって閉まっていると、そういう状態で自主避難しろと言われたって、逃げる手段すらない、どこに逃げていいか、その場所すらも与えられていない、わけですから、おそらく逃げられた方は少なかったろうと思います。

東日本の汚染:拡大図
しかし、原子力発電所が事故を起こして、放射能を吹き出して来てしまえば、放射能は周辺に等しく汚染を拡げていくわけではありません。
風に乗って流れる、のです。

はじめ北風が吹いていたので、放射能の雲は南に流れて行きました。
福島県の海岸沿い、浜通りと、呼ばれている地域、を、舐めるように汚染をしていって、茨城県の県境を越えました。
そして、茨城県の北部を汚染したところで、放射能の雲が海に抜けたようなのです。
そして、茨城県の南部でまた陸に戻って来て、霞ヶ浦の一帯を汚染し、そして千葉県の北部を汚染し、そして東京の下町を汚染する、ということになりました。

次には、南東の風が吹いていて、放射能の雲は北西に流れて行きました。
赤、黄、その回りにちょっと細い緑ですけれども、緑色のところが描いてありますが、これが猛烈に汚染しているところです。
数字で言って恐縮ですけれども、1メートル四方で60万ベクレルを越えるようなセシウムが降り積もったと言われているのが、この赤黄緑のところで、およそ面積で言うと、1000平方キロメートル、です。
1000平方キロメートルと言っても、皆さんピンと来ないと思いますが、琵琶湖は1.5個入ってしまう、というぐらいの広さです。

そこが猛烈に汚染されてしまって、今現在、ここは強制避難させられて、およそ10万人の人々がこの土地から追われてしまいました。
長い間、ここで生きて来た人たち、百姓をしていた人もいるでしょう、酪農や畜産をしていた人だって林業をやっていた人だっているけれども、みんな住めなくなって、ふるさとを奪われたというのが、この赤黄緑です。
その猛烈な汚染地帯は、分かっていただけると思いますが、20キロでも止まらない、30キロでも止まらない、40キロ、50キロ彼方まで、覆われていました。
政府から何の指示も受けないまま、危険の警告も受けないまま、猛烈な汚染の中に人々が飲み込まれるということになりました。

一番この端の黄色いところは、福島県の飯館村というところです。
原子力発電所からは何の恩恵も受けないで、自分たちの村を、とにかく自分たちの力で、いい村にしようとして努力をして来て、日本一美しい山村と自他共に認める村になっていました。
それが猛烈な放射能汚染に巻き込まれて、今、全村離村になってしまいました。

放射能は、この辺りまで流れて来たときに、風向きが変わりました。
北風が吹いて来て、放射能の雲は、また南に流れて行きました。
青い帯になって見えるところがありますが、ここは福島県の中通りと呼ばれている地域です。
東側に阿武隈山地があります。
西側に奥羽山脈が連なっています。
両側を山で挟まれた平坦地で、たいへん住みやすいということで、北から福島市、二本松市、郡山市、白河市というような福島県内の人口密集地帯がずらりと並んでいました。

そこを放射能が舐めるように汚染を拡げて行くと、そして、栃木県との県境、県境って人間が引いているわけですけれども、放射能から見ればそんなものは何の意味もないわけですから、県境を軽く乗り越えて、栃木県を汚染しました。
そして、群馬県の県境もまた軽々と乗り越えて、群馬県の北半分を汚染しました。

そして、長野県、岐阜県と連なって、三重県はこっちにあるわけですけれども、そっちにはでも実は来ないで済みました。
なぜかというと、群馬県と長野県の県境には高い山が連なっていて、風がその山を越えないで、山沿いに今度は南へ流れて行きました。

群馬県の西部をずうっと汚染しながら、埼玉県の西部、東京の奥多摩を汚染する、こういうことになってしまいました。

そして、私先ほど、この赤黄緑のところは60万ベクレル、1メートル四方で越えてセシウムが降り積もっていると言いましたが、この青い帯のところ、薄い青と濃い青がありますが、薄い青のところは10万ベクレルから30万ベクレル、降り積もっています。
そして、この濃い青のほう、ここは6万ベクレルから10万ベクレル、降り積もっています。

更にその回りにくすんだ緑色のところがあります。
あっちこっちにくすんだ緑がありますが、ここは3万ベクレルから6万ベクレル汚れている地域なんです。

でも、この数字を言っても、皆さんは意味が分からないと思いますので、一つ比較の尺度を聞いていただきます。
私は京都大学原子炉実験所というところで、放射能を相手に仕事をしています。
でも、私は被ばくをしたくありません。
そのため、普段は放射能が存在しない、場所、で普通の仕事をしています。
で、自分の研究室というようなところで、放射能はそこには無い。
安心してここで仕事を出来るということを普段はやっています。

でも、どうしても放射能を取り扱わなければならないときにはどうするかというと、研究室ではもちろん使ってはいけないということになっていて、放射線の管理区域という場所に入って放射能を取り扱う、という仕事をします。
その管理区域に私が一歩足を踏み込んだら、私は水を飲むことができなくなります。
食べものを食べることが出来なくなります。
普通の皆さんは元々入ってはいけないという、そういう特殊な場所です。
そこで私が放射能を取り扱って仕事をする、早く出たいと思います。
早く出たいと思うけれども、管理区域の出口に行くと、扉が閉まっていて出られない、のです。
そこで一つの手続きをしないと扉が開かない、ということになっています。
どういう手続きかというと、私が放射能を取り扱って仕事をしたわけですから、私の衣服が放射能で汚れている可能性がある、私の手だって放射能を取り扱ったんだから汚れている可能性がある、そういう汚れたものの私が管理区域の外側に出てしまえば、普通の皆さんが生活しているわけですから、普通の皆さんを放射能で汚して被ばくをさせてしまうことになる。
そんなことは到底許せないから、管理区域から出るときには、必ず汚れがあるかどうかを測定しない限りはドアが開かないという仕組みになっています。
管理区域の出口に測定器があって、私は必ず自分のからだの汚染度を調べます。

では、いったいどれだけの数値であれば外へ出られるかというと、1平方メートル当たり4万ベクレル、というのが、これまでの基準値でした。
私の衣服が1平方メートル当たり4万ベクレルを越えて放射能で汚れていれば、その衣服は、放射線管理区域の中で、放射能に汚れたゴミとして捨てて来なければいけない、のです。
私の手が1平方メートル当たり4万ベクレルを越えて放射能で汚れていれば、私は管理区域から外へ出られない。
管理区域の中でもう一度洗って落とせ、水で洗って落ちなければお湯で洗え、お湯で洗って落ちなければ石鹸を使って落とせ、それでも落ちないなら手の皮が少しぐらい溶けてもいいから薬品で落とせ、落ちない限り外に出さないというのがこれまでの日本の法律だったのです。

大地全体がみんな汚れてしまっている
しかし、今や、この青いところは、1平方メートル当たり6万ベクレルを越えているし、澄んだ緑のとこだって1平方メートル当たり3万ベクレルから6万ベクレル汚れていると、日本の政府が言っている、のです。
それも、私の実験着が汚れているとか私の手が汚れているとかいうのではないのです。

大地全体がみんな汚れてしまっているというのがこういう感じ、なのです。

もし、これまでの日本の法律をきちっと守ろうとするなら、福島県の東半分、宮城県の南部と北部、茨城県の北部と南部、群馬県、栃木県と群馬県の北半分、新潟県の一部、岩手県の一部、千葉県の北部とか埼玉県、東京都の一部と、いうようなところを放射線の管理区域にしなければいけない、という汚染が起きている、のです。

何度も言いますが、放射線の管理区域というのは、皆さんは入ってはいけないと、普通の人たちがそこに立ち入ることすらが許されない、私のような特殊な人間だって、そこで水すら飲めないという、それが放射線の管理区域、なのです。
それがこんなに拡がっている、のです。

面積をこれ合計していくと、たぶんこれ2万平方キロメートルになると思います。
そこに住んでいる人たちは、たぶん1千万人に近いだろうと、思います。
そんな広大なところを無人にすることはもうできないと、日本の国は判断しました。

日本は「法治国家」か?
その日本の国というのは、これまで法治国家だと自分で言ってきました。
誰かが悪いことをすれば、国家がちゃんとそいつを捕まえて処罰すると、だから日本には悪い奴はいないからみんな安心しろと、言ってきました。

それならと私は思う。
国家、が作った法律がある、その法律を守るのは国家の最低限の義務だと、私は思います。

そして、被ばくとか、放射線とかということに関しては、国家が作った法律はたくさんありました。
例えば、普通の人々、皆さんもそうですが、普通の人は1年間に1ミリシーベルト以上の被ばくをしてはいけないし、させてもいけないという法律がありました。
もし、私が管理区域の中から放射性物質を持ち出して、皆さんのうち誰か一人を、1ミリシーベルト以上被ばくをされるようなことをすれば、私は犯罪者として処罰された筈なのです。
そして、先ほど聞いていただいたように、放射線管理区域から何か物を持ち出すときには、1平方メートル当たり4万ベクレルを越えるようなものは、どんな物でも持ち出してはいけない、というのがこれまでの法律だった筈です。

しかし、もうダメだと、こんな事故が起きて、これほど広大なところが汚染されてしまった現実があるのだから、もうこの法律を守ることはできないと、国家が判断しました。
この事故を引き起こした責任は、先ほども聞いていただいたように、日本の国家にあると私は思いますけれども、犯罪者と呼びたいぐらいなんですけれども、その犯罪者から国家は、自分の決めた法律の一切をすぐに反故にしてしまった、そして、汚染地帯に人々を取り残す、汚染地帯に捨ててしまうということをやった、のです。

今日この会場にも福島から避難してきている方がいらっしゃるかもしれませんが、1千平方キロメートルのところは確かに国家が住民を強制的に避難させて、なにがしかの保証もしているのですが、それ以外のところの住民に対しては、逃げたければ勝手に逃げろと、国家は知らない、というようなことで、そこに捨ててしまうということになりました。

本当の被害の大きさは?
この事故の本当の被害ってどのくらいあるんだろうかって考えてみます。

まず、土地が失われます。

先ほど聞いていただいたように、琵琶湖1.5倍の面積の土地が、既に失われました。
その土地を誰かが買ったところで、使えないんです、その土地は。
先の戦争で日本は負けたけれども、国破れて山河有り、だった。
国家なんてものは、戦争で負けたとしても、大地がある、土地がある、山河があれば人々は生きられる、ということだったんですけれども、放射能で汚れた土地は、誰も生きられない。
そこを誰も使うことができない。

そして、本当のことを言えば、2万平方キロメートルというぐらいのところを、そうしなければいけなかった。
あるいは、今現在でもいけない、のですけれども、もうできない、で、そこに人々を捨てることになりました。
そこで、今現在もたくさんの人々が生きています。
大人も、子どもも、赤ん坊だって、そこで今生活している。
被ばくをせざるを得ない、そういう状態、です。

そして、取り残されちゃった以上は、人々はそこで生活を支える以外にありません。
百姓は野菜をつくるでしょう、畜産家は肉をつくるでしょう、酪農家は牛乳などをつくるでしょう。

それはいったいどうなるのか、彼ら被ばくしながら作っている、わけですけれども、そのつくられた食べものというのは、今度は流通機構に載って、日本中、世界中に流通することになります。
風で流れるのではありません。
人間が作った仕組みで、どこにでも流れて行くと、いうことになります。

皆さんは、三重県にお住まいで、先ほど地図で見ていただいたように、空を飛んで来た放射能でいえば、比較的、皆さんのところには飛んで来なかった。
まだマシだったと思っていただいていいですけれども、流通機構に載った食べものは、どこにでも行きます。
皆さんが毎日買っている八百屋さん、あるいは肉屋さん、スーパーマーケットというところにも、福島の現地で、今、この瞬間も被ばくをしながら働いて食べものを作っている人たちの食べものが回ってくることになります。

そういう食べものを目の前にして、皆さんはどうするか、でしょうか?
私は放射能を食べたくありません。
たぶん皆さん、誰でもそうだと思います。
そうすれば、放射能で汚れた食べものは買わないと、いうことに、なる筈だと思います。

そうするとどうなるかと言えば、福島県内の一次産業が崩壊する、それに伴って、たくさんの家庭が崩壊していく、ということになるだろうと…。

こんな被害をいったいどうやって賠償できるのか、金銭勘定できるのか、私にはさっぱり分かりません。
でも、せめて金銭で賠償できるものに関しては、賠償すべきだと思います。

そして、この事故を引き起こした直接的な責任は、東京電力にあるのです。
日本有数、有数、有数の巨大企業で、経済界に君臨して、政治に金をバラ撒いて、政治を自由に操って、マスコミに金をバラ撒いて、マスコミを自由に操って、原子力発電だけは絶対安全ですと、言い続けてきた会社、です。
私はその会社に徹底的に責任を取らせるべきだと、思います。
正直に言えば、会社の経営者は全員刑務所に入れるべきだと、思います。
刑事事件も同様、そして、経済的な賠償もさせたい。

しかし、こんなに起きている経済的な被害を、本気で賠償しようと思えば、東京電力という巨大な会社だって、何度倒産しても足りません。
おそらくこの日本というこの国家が倒産しても贖いきれない、というほどの被害が、既に起きてしまっていると、いうことになっているのです。

今、汚染地帯に取り残されている人々、は、大変だと私は思います。
被ばくを必ずします。

そして、次に私は聞いていただこうと思いますが、被ばくをすると必ず健康の被害を受けます。
何とか逃げたいと思う、思います。
でも、国家は何の保証もしないと、東京電力すら何の保証もしないと言っているときに、逃げられる人っているんでしょうか?
皆さんだってそうだと思いますが、みんな生活があります。
仕事をして、収入を得て、家族が生活をしている。
そのときに勝手に逃げろと言われて、逃げられる人は多くないと思います。
よほど力のある人は、どこに行っても生きられると言って、家族ぐるみで逃げたという人はそれなりにいると思います。
でも、それはできない。
せめて、子どもだけでは、子どもだけでも逃がそうと、して、子どもと母親が逃げて、父親は汚染地帯に残って、生活を支えるという人たちもたくさんいます。
そうなると、今度は、避難をすることによって、生活が崩壊してしまう、家族が崩壊してしまうという重荷を背負わなければならなくなります。

どちらを選ぶ?
汚染地帯に残れば、からだが被ばくを受ける。
それを避けようとして避難をすると、今度は心が潰れてしまうという、そういう重荷を負わなければならない。

どうしたらいいのか。
私は分かりません。

こんな選択を迫られても、私は自分でもどうしたらいいか分からなくなるだろうと、思います。
こんなような選択を人々に強いるようなことは決してしてはいけないし、こんな選択を強いなければならなくなる前に、原子力を止めたいと思ったんですが、残念ながら止められずに、今、猛烈な苦しみというものが、たくさん生じてしまったと、いうことになりました。

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